取材・文/鳥海美奈子
イタリアワインにそれほど詳しくない人でも、“スーパータスカン”という言葉をどこかで耳にしたことがあるのではないでしょうか。
スーパータスカンとは、イタリア中部のトスカーナ州に誕生したワインのスター生産者たちのこと。イタリアのワイン法や格付けといった基準に縛られることなく、質や美味しさを追求したワインを指します。
そんなスーパータスカンのなかでも、最も伝説的なワイナリーがサッシカイアです。
その始まりは、1940年代にまで遡ることができます。マリオ・インチーザデッラ・ロケッタ侯爵はボルドーワイン好きが高じて、1944年にボルドーのシャトー・ラフィットからわけてもらったカベルネ・ソーヴィニヨンの苗を自らのぶどう畑に植えます。第2次世界大戦により、ボルドーワインが輸入されなくなったことから、自ら造ることを決意したのです。
もともとは自家消費用に醸造していたそのワインが大変な評判を呼び、70年代になると世界的に販路を広げていきます。しかし当時、ボルゲリは土着品種を使った白とロゼしかD.O.Cというワイン法では認められていなかったために、カベルネ・ソーヴィニヨン主体のサッシカイアは、テーブルワインとして販売されていました。
しばらくして、大きな転機が起こります。1978年、イギリスのワイン雑誌『デキャンタ』のブラインド・テイスティングで、サッシカイアが「ベスト・カベルネ」に選ばれたのです。
それは、シャトー・マルゴーなどボルドー1級の並みいるシャトーを押さえて輝いた座でした。イタリア・トスカーナ州のテーブルワインが、カベルネ・ソーヴィニヨンの最高評価を得た事実は、世界に衝撃を与えました。以来、サッシカイアは「世界最高峰」「イタリアの至宝」と讃えられてきたのです。
1994年には「ボルゲリ・サッシカイア」というD.O.Cが新たに認定されます。それはまさにサッシカイアのために新たにつくられたD.O.Cといっても過言ではありませんでした。
2020年を迎えたいまでも、サッシカイアは依然、存在感を放ち続けています。インチーザ侯爵家の跡継ぎであり、現在はワイナリーのアンバサダーを務めるプリシラ・インチーザ・デッラ・ロケッタさんが2019年末、来日しました。
「いまリリースされているサッシカイアの2016年は、世界的に有名なワイン雑誌『ワイン・アドヴォケイト』で100点を獲得した素晴らしいヴィンテージです。例年高い評価を得ていますが、100点を獲得したのは1985年以来で、素直にうれしいと感じています。私たちが30年以上にわたり評価され続けているのはエレガントさやフィネス、酸の美しいワインを造るという哲学をずっと持ち続けたからです。たとえばボルドーでは80~90年代、濃くて重く、パワフルなワインが流行した時代がありました。でも私たちは自分たちのテロワールを映したワインを一貫して造り続けてきたのです」
サッシカイアのあるボルゲリはティレニア海に面した地中海性気候のため降雨量が少なく、暖かい地です。ぶどうが完熟しても美しい酸が残るのは、海からの潮風と背後にある山から風が吹き、冷涼さが保たれるからだといいます。
また「サッシ=石、カイア=~な場所」という名が表すとおり、土壌は小石や砂利が中心のため水はけの良い土壌を好むカベルネ・ソーヴィニヨンには向いているのです。
現在、イタリアでは多くのスーパータスカンと呼ばれる生産者が誕生しています。その状況について、プリシラさんはこう語ります。
「いまのスーパータスカンは“D.O.Cの法律に縛られずにワインを造る”、“自由”ということに主眼を置いた、マーケティングの手法のひとつとして使われる傾向にあります。大切なのはなにより、誠実に自分たちのテロワールを映したワインを造ること。それが結果的にD.O.Cの法律に縛られないことになるのであれば、意味があると言えるでしょう」
同じく真の「スーパータスカン」として名高い「ソライア」を生み出すアンティノリ家とは親戚筋。今後は互いに協力しつつ、ボルゲリという地の魅力をより高めていきたいと話します。
「アンティノリ家とは強い絆があります。ボルゲリは小さな地域なだけに、何かを決断するスピードも早いんです。今後は互いに力をあわせてボルゲリという土地のクオリティを上げて、より広く人々に認知されるように努めたいと思っています」
取材・文/鳥海美奈子
2004年からフランス・