取材・文/末原美裕

株式会社山本仁商店の所有する貴重な図案。

着物、漆器、京焼・清水焼、金銀糸、つまみ細工……。京都には優れた職人の技、長い歴史によって磨かれてきた素材、美しい意匠、そして人々の豊かな感性がある。しかし、着物をはじめとした伝統工芸品がなかなか売れない時代となり、伝統産業も生き残るために新たな取り組みが求められている。そこで、京都商工会議所がファッション京都推進協議会と連携し、京都の伝統工芸や地場産業の活性化のため、「あたらしきもの京都」というプロジェクトを立ち上げ(今年で5回目)、伝統産業に従事している企業の新商品開発の支援をしている。
京都の伝統工芸の今を紹介するとともに新たな取り組みを追っていく。

■積極的な若手職人への技術の継承と育成|京焼・清水焼

京焼・清水焼の特徴を一口で説明するのは難しい。京都では原料となる陶土を採ることができないので、他地域のやきものとは違い、決まった土や釉薬・技法はない。その代わりに、陶工は他の産地から土を取り寄せ、独自にブレンドし、すべての技法を融合して個性溢れる作品を生み出す。また、京都には長らく都があったことから、茶人・将軍家・宮家・武家などへの出入り・御用拝命によって、全国から集まった選りすぐりの名工たちが装飾性の高い、洗練された京焼・清水焼を数多く作陶してきた。
そんな京焼・清水焼も各家庭のテーブルウェアの飽和とともに、全体的に売れ行きが落ちているという。その結果、陶工や窯元の数は減り、若い職人に技術を継承する機会はめっきり少なくなっている。
そんな状況に歯止めをかけようと動いている企業がある。株式会社 熊谷聡商店だ。下記の写真は国宝・洛中洛外図屏風(上杉本)を48枚の陶板で再現したもので、大画面に圧倒される。こうした作品製作を企画し、熟練の職人と若い職人を登用することで技術の継承を図っている。

各陶板は厚さ2ミリ程の非常に繊細なつくりになっていて、均一なものを作るには高い技術を要する。

株式会社 熊谷聡商店が「あたらしきもの京都」のプロジェクトで制作した「きの香 香炉」。蓋の部分には京焼・清水焼ならではの“花結晶”の技術が施されている。

同じく京焼・清水焼の専門店として小売業を営んでいる株式会社東五六(とうごろう)も若手職人の登用に積極的だ。同社の浅井洋平専務取締役は「京焼・清水焼の薄作りで上品な轆轤の技術、繊細で華やかな色絵付けの技術を世界の人々に知ってもらいたい。そして“職人の技術”を買ってもらいたい」と意気込む。

株式会社東五六が「あたらしきもの京都」のプロジェクトで制作した「珈琲美楽(コーヒービガク)」。タイ王国のベンジャロン焼のテイストを取り入れながら、若い職人を中心にオール京都で作られている。

■技術を継承しながら若者の感性を取り入れる|京象嵌

続いてご紹介するのは京都の伝統工芸、「京象嵌(きょうぞうがん)」。あまり聞き慣れない伝統工芸かもしれないが、かつて京都には優れた職人が数多く生まれ、名工たちが刀や甲冑などの装飾に腕を振るっていた。しかし、今では他の伝統工芸と同様、職人の後継者不足という問題に直面している。

刀の鍔(つば)に施された京象嵌。武士が台頭した時代には男性のおしゃれとして流行したそうだ。

京象嵌を次の世代にも残していきたいという思いから、アミタ エムシーエフ株式会社では京象嵌の技術を生かしたアクセサリー作りに取り組み、20代の若い女性職人も登用している。

アミタ エムシーエフ株式会社が「あたらしきもの京都」のプロジェクトで制作した「薄氷(うすらい)」。踏んだら割れてしまいそうな薄い鉄のプレートに細かい溝(1㎜に約10本)を彫り、紙程度の薄さの純金・純銀を打ち込んで模様を描いている。

伝統工芸の作り手も今までと同じ物を作っているだけでは売れなくなった。技術をただ継承するだけでなく、若者の感性を取り入れることは、事業の生き残りにも役立っているのではないだろうか。

■固定観念に縛られない使い方の提案|懐紙

懐紙というと、お茶席で菓子をのせる印象が強い。茶道を嗜む人口は減り、お茶席は減っているが、懐紙の需要は増えているという。「“懐紙はお茶席で使うもの”という固定観念のない女性たちがかわいらしい色・柄・形に惹かれて手に取ってくれるようになりました。また、懐紙は書く・拭く・敷くなど色々な用途で、普段使いができることも人気を集めたポイントですね」と株式会社辻商店の辻亜月子代表取締役専務。時代に合わせてしなやかに変化をすれば消費者もついてくる、いい例だろう。

株式会社辻商店が「あたらしきもの京都」のプロジェクトで制作した「プリーツのお皿」。プリーツ加工された紙は思い思いの形に変えて使用することができる。懐紙人気にあぐらをかかず、常に前へと新しい挑戦を続けている。

■京都の伝統の解放と創造

京都にある伝統工芸の数は非常に多く、その数だけ挑戦がある。
鳥居株式会社は掛け軸の素材である裂地(きれじ)を大胆にアレンジし、洋間に飾っても違和感のない小さな神棚にした。

表具用の伝統織物。

鳥居株式会社が「あたらしきもの京都」のプロジェクトで制作した「かんどこ(神床)」。「表装裂は美術品として鑑賞されてきたので、これを機に日本の伝統を身近に感じてもらいたい」と鳥居玲子代表取締役。

京都で唯一、螺鈿・青貝の製造販売をしている嵯峩螺鈿・野村は、従来アクセサリーなど女性ものの装飾品が多かったことから、紳士向けの万年筆に螺鈿と粗い金粉の蒔絵を施している。

嵯峩螺鈿・野村が「あたらしきもの京都」のプロジェクトで制作した万年筆。厳選した螺鈿の素材と蒔絵で宇宙を表現している。

そのほかにも、冒頭の写真でもご紹介した和雑貨商品を扱い、長年蓄積された意匠を数多く持つ株式会社山本仁商店、漆器と塗料を扱う株式会社井助商店、和装関連全般を扱う近江屋株式会社、つまみ細工の髪飾りを扱う株式会社北井、京うちわ・都うちわを扱う塩見団扇株式会社、快眠できる寝具作りを行う大東寝具工業株式会社、金銀糸を扱う株式会社寺島保太良商店、風呂敷・のれんを扱う丸和商業株式会社、化粧筆を扱う株式会社MURAGISHI、京都の工芸分野の方々とプロダクト開発を行う洛景工房株式会社がそれぞれに新たな挑戦をしている。

***

日本の長い歴史の中で磨かれてきた伝統工芸も優れた素材や技術だけでは売れない時代となった。そこに“今”という感性をプラスすることで古きものを継承しながら、あたらしきものに生まれ変わらせている。
日本文化を支えてきた伝統工芸の底力がこれから新たな日本文化の創造を見せてくれそうだ。

■「あたらしきもの京都」
http://www.atarashiki-mono-kyoto.com

取材・文/末原美裕
小学館を経て、フリーの編集者・ライター・Webディレクターに。京都メディアライン(https://kyotomedialine.com Facebook:https://www.facebook.com/kyotomedialine/)代表。2014年、文化と自然豊かな京都に移住。

 

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