残月や よしのの里のそばの花 蕪村
与謝蕪村は、摂津(現在の大阪府北中部から兵庫県南東部)の出身。「よしの」とは、奈良県の桜の名所、あの「吉野」のことだ。句に詠まれた、山深い里の空に残る月と、ソバの花咲く畑のたたずまいには、心にしみる侘しさが漂う。しかしそれは、信濃の山里の寒々とした風景とは異なり、春には華やかな桜に彩られる吉野の風雅さを底流に感じさせながらの、鄙びた風情なのだ。
東京から2時間足らずで行ける、埼玉県秩父地方を訪ね、ソバの花見をしながら、風味の良い地元の在来種で打った蕎麦を味わうのは、今の季節ならではの贅沢だ。秩父市荒川地区の「ちちぶ花見の里」は、広いソバ畑に隣接して作られた施設で、長い天井を柱で支えた細長い東屋(あずまや)のような建物。壁がないため、秩父の象徴、武甲山を背景にしたソバ畑を眺めながら、手打ち蕎麦を味わうことができる。
一般的にソバは、春に播いて夏に収穫する「夏ソバ」と、夏に播いて晩秋に収穫する「秋ソバ」に大別されるが、最近では4月に播いて7月上旬に収穫する「春ソバ」の作付けが、各地で増加している。秩父で今満開なのは、この「春ソバ」の花だ。