蕎麦屋で味わう一杯の酒を、楽しみにしている蕎麦好きの客は多い。そういう方にお薦めの店を一軒、ご紹介したい。蕎麦も極上、酒も極上。こういう店は、そう簡単に巡り会えるものではない。場所は東京都、青梅市。店の名は『蕎麦 榎戸(えのきど)』という。
青梅の駅から徒歩13分の、この店、いろいろ前置きを言わずに、まず蕎麦の味についてお話ししよう。
お薦めしたいのは、一日10食限定の十割蕎麦だ。竹ざるに盛られた細切りの蕎麦を一箸つまみ、蕎麦つゆを付けずに口に入れる。とたんに押し寄せる蕎麦の強い香り。盛夏も近いこの季節は、一般的には蕎麦粉の質が落ちる時期だ。香りは無くなり、味もぼんやりする蕎麦屋は多い。しかし、『蕎麦 榎戸』の十割は、梅雨の時期の蕎麦とは信じがたいほどの迫力だ。この細い麺のどこから、これほどの香りが立ち上るのかと、一瞬、手が止まる。野生の芳香とでもいうべきか。目をつむり、ああ、蕎麦の香りだと、声に出さずに心の中でつぶやく。