新着記事

イニシャル入りロックグラス|いつもの一杯を極上の一杯にするマイグラス

定年を迎えた男性の“ごはん問題”を解決|『定年ごはん』

定年を迎えた男性の“ごはん問題”を解決|定年ごはんの作り方

【家事に関するアンケート調査】普段行う家事で女性より男性の方が上位なのは「ゴミだし・分別」「風呂掃除」など。

30代から50代の女性の6割以上が日常の家事を負担に感じている

オーダースーツ

経営者はなぜ「オーダースーツ」を着るのか?

BLACK LAGOONラベル シングルモルト・ウイスキー|9月19日12:00 発売開始!

マイルス・デイヴィス『クッキン』

「イケメンでなくても好き」という大ヒット・ラブソング【ジャズを聴く技術 〜ジャズ「プロ・リスナー」への道24】

シニアライダーの8割以上がバイクマナーに自信アリ!!|シニアライダーに関する実態調査

シニアライダーは孤独を好む!? 約9割はソロツーリング派

【ビジネスの極意】「ダメな部下」を使わないといけない課長の苦悩

【ビジネスの極意】「ダメな部下」を使わないといけない課長の苦悩

波佐見焼のおひつ2色セット|冷やご飯が、ふっくら炊き立てによみがえる

【管理栄養士が教える減塩レシピ】|旬のさんまを使った炊き込みご飯と蒲焼きレシピ

【管理栄養士が教える減塩レシピ】旬のさんまを使った炊き込みご飯と蒲焼きレシピ

LINE公式アカウントでも記事を配信中

友だち追加

お気軽に友達追加してください

サライ本誌最新号(クリックで試し読み)

サライ7月号付録「筋トレチューブ」トレーニング動画公開中!

通販別冊『大人の逸品』最新号はこちら

ピックアップ記事

  1. 東寺
  2. 世界遺産の構成資産内にある旧五輪教会。傘を開いたようなコウモリ天井の下、イエスを抱いた聖ヨセフ(イエスの養父)が佇む。手前の聖体拝領台(柵)の意匠は大浦天主堂(長崎市・世界遺産)と共通。鳥の声と波の音が堂内にこだまする。

>>過去の記事へ

サライの通販

>>過去の記事へ

蕎麦(そば)

蕎麦湯を飲めば、蕎麦屋がわかる。

18_dsc1218

人気の蕎麦屋は早い時間に行って並べば、待ち時間が短くてすむと考えがちだが、蕎麦屋の行列の一番乗りは、おすすめできない。蕎麦を茹でる釜の湯が新しいうちは、蕎麦切りの風味が溶け出しやすく、茹であがった蕎麦の香りが薄くなる傾向があるからだ。蕎麦湯も白湯のように薄い。だから蕎麦屋は、昼の混雑が一段落して、蕎麦湯がとっぷり濃厚になったころに訪ねるのがいいだろう。

蕎麦湯は、出す店と出さない店がある。蕎麦湯に力を入れる店では、わざわざ蕎麦粉を湯に溶かして、とろりと濃い蕎麦湯を作るところさえある。それは、なかなか手のかかる作業なのだ。蕎麦粉に熱湯を注げば、濃い蕎麦湯が一丁上がりというほど単純なものではない。

まず水を入れた鍋を火にかける。沸騰するのを待って適量の蕎麦粉を入れ、素早くかきまぜて作る。作り置きはできないし、忙しい最中、個々の客のためにこれをやるのは面倒なことだろう。投入する蕎麦粉をもっと多くしたら、蕎麦がきになるのだ。蕎麦がきなら代金がもらえるが、蕎麦湯の代金というのは、未だかつて請求されたことがない。

一方、蕎麦湯を出さない店があるからといって、その分、料金をまけろと交渉している客にも出会ったことがない。たまに「すみません、蕎麦湯、いただけますか」と、蕎麦猪口を手にして遠慮がちにたずねる客もいるが、店がその求めに応じなくても客は黙って引き下がるだけだ。どうやら蕎麦湯は、出しても特にほめられるわけでもなく、出さなくても、とがめられるものでもないらしい。居ても気になる。居なくなるとこれがまた気になる、座敷童(ざしきわらし)に似たところもある、なんとも奇妙な存在だ。

そもそも蕎麦湯は、いつごろから、なんのために飲まれるようになったのだろうか。寛延4年(1751)に脱稿した『蕎麦全書』に、その答えのひとつが記されている。

それによると、著者である日新舍友蕎子(にっしんしゃ ゆうきょうし)が、信州の諏訪に旅したとき、蕎麦を食べたあとに蕎麦湯を出された。蕎麦湯を飲むという習慣が江戸にはなかったので、店の主人に、なぜ蕎麦湯を出すのかとたずねたところ、蕎麦湯を飲めば、食べた蕎麦が直ちに下腹に落ち着いて、たとえ食べ過ぎても腹が張ることがないのだ、との返答を得た。だから江戸に帰ってからは、人々に蕎麦を振る舞うとき、「信濃風」だといって、必ず蕎麦のあとには蕎麦湯を出すことにしている。飲んだ人は皆、なかなか良いものだと言っている、とのこと。

つまり『蕎麦全書』によると、江戸時代中期にはまだ、江戸では蕎麦を食べたあとに蕎麦湯を飲むということが、一般的には行われていなかったということになる。そして、蕎麦湯を飲むという習慣は、どうやら信州から江戸へと広まったものらしい。

しかし、『蕎麦全書』より56年前の、元禄8年(1695)に出版された『本朝食鑑』には、またちょっと違う話が書かれている。

ページ:

1

2

この記事が気に入ったら
いいね ! しよう

Twitter で

関連記事

  1. 蕎麦好きなら挑戦!「蕎麦にまつわる雑学クイズ」10問
  2. 落語家・柳家小満ん師匠が指南する「もり蕎麦をいただく作法」
  3. 「もり蕎麦」の旨い店7軒に“蕎麦の旨さの秘密”を探った
  4. 西馬音内そば|じわり人気の“冷たいかけそば”【知られざる秋田・羽…
  5. 江戸っ子は蕎麦もうどんもコレで食べてた!滋味深い江戸の味噌つゆ「…
PAGE TOP