さて、この京都の蕎麦、ここ10年ほどの間に、大きく様変わりした。熱心に蕎麦に打ち込む職人が競い合うように店を出し、それが個性豊かな名店に成長。現在では全国でもトップクラスともいえる蕎麦の先進地域になっている。『サライ』の2009年16号で紹介した『かね井』や『じん六』を始め、名刹を散策しながら小腹が空いたら旨い蕎麦を手繰ることのできる店は少なくない。
また、蕎麦に関わりのある寺も多い。たとえば東山の東福寺。ここは南宋時代の中国から、水車と石臼による製粉技術を持ち帰った聖一国師が開いた寺で、筆と墨で描かれた「水磨の図」が保管されている。(一般には非公開)。
また、京都三十三間堂近くの法住寺には、親鸞上人ゆかりの「そば食い木像」がある。これは親鸞上人に代わって、この像が蕎麦を食べたという伝説のある木像だ。
さらに足を延ばして比叡山、延暦寺を訪ねるのも興味深い。この寺で行われる「千日回峰行」は、七年の歳月をかけて比叡山の山中を、経をとなえながらひたすら歩く荒行だが、修行中の僧はその最中、五穀と塩を断たなければならない時期がある。この期間、僧は栄養バランスの良い蕎麦で命をつなぐと言われている。
京都で“この前の戦争”といえば、応仁の乱のことだと、京都の人は冗談めかして言うが、その応仁の乱の前年に創業したのが、前述の老舗蕎麦屋『本家 尾張屋』だ。蕎麦にゆかりの古刹で桜を眺め、歴史ある蕎麦屋、新しい蕎麦屋、それぞれの蕎麦を食べ歩くのは、京都の町で、今の時期にしかできない贅沢な楽しみである。
文・写真/片山虎之介
世界初の蕎麦専門のWebマガジン『蕎麦Web』編集長。蕎麦好きのカメラマンであり、ライター。著書に『真打ち登場! 霧下蕎麦』『正統の蕎麦屋』『不老長寿の ダッタン蕎麦』(小学館)『ダッタン蕎麦百科』(柴田書店)などがある。