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(写真=桜切りと蕎麦がき)

春、三月。
そろそろ日溜まりでは、淡いピンクの花が蕾を開く季節だ。
この季節になると、決まって食べたくなる蕎麦がある。
さらしな蕎麦の「桜切り」。つまり、桜を練り込んだ蕎麦である。
蕎麦の世界では、三月の蕎麦ということになっている。

食べ物と季節を組み合わせて楽しむ行事が、日本にはたくさんある。
七草粥とか、ひな祭りの蛤のお吸い物など。ちょっとした季節の食材が、生活に彩りを添えてくれる。
さらしな蕎麦の「桜切り」は、行事食といえるほどの一般性はないが、春の訪れを感じるには、ぴったりの蕎麦だと思う。
桜を練り込むとはいっても、今咲いている桜の花びらを採ってきて、蕎麦に練り込むわけではない。昨年の若葉の季節に採って、塩漬けにしておいた桜の葉を細かく刻んで、さらしな蕎麦に練り込んで、打つのである。
春の和菓子屋の店頭に並ぶ桜餅に巻かれている、あの葉と同じものが、「桜切り」にも使われるのだ。

桜の香気を放つ、細切りのさらしな蕎麦を手繰ると、またこの季節に巡り会えたという、静かな感動に似た気持ちが胸の中に広がっていく。
食べ終えた後に出される蕎麦湯からも、ほのかに桜の香りが立ちのぼる。
温かい、桜の移り香のする蕎麦湯を唇に流し込むと、なんと風雅な食べ物であることかと、こういう仕掛けを考え出した先人の遊び心に驚嘆せざるを得ない。
毎年、この季節には「桜切り」を味わい、蕎麦湯の香りに目を閉じて、しばし、幸福感にひたるのが、私の春の、ささやかな楽しみである。

【神田錦町 更科】
TEL:03-3294-3669
東京都千代田区神田錦町3-14

文・写真/片山虎之介
世界初の蕎麦専門のWebマガジン『蕎麦Web』(http://sobaweb.com/)編集長。蕎麦好きのカメラマンであり、ライター。伝統食文化研究家。著書に『真打ち登場! 霧下蕎麦』『正統の蕎麦屋』『不老長寿の ダッタン蕎麦』(小学館)、『ダッタン蕎麦百科』(柴田書店)、『蕎麦屋の常識・非常識』(朝日新聞出版)などがある。

 

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