■3本目:『巌(いわお) 純米吟醸生・雄町45 有恒(ゆうこう)』
群馬県は藤岡市にある蔵元「高井株式会社」は、生産石数600石ほどの小さな酒蔵です。いま、蔵を背負って立ち、酒造りを担うのは高井幹人さん。慶応大学から京都大学へ転学したという頭脳派でありながら、野球部だったせいもあってか、ご本人は完全な体育会系のノリの持ち主です。
高井家は、近江商人の血を引く家系で、酒蔵の創業は享保14年(1729)のこと。以来、酒造りに代を重ねてきました。
酒蔵を大量生産ができる規模に建て替えをしたのは、バブル景気が始まった時期の昭和62年(1987)。しかし、やがてバブル経済の崩壊で、最盛期には3000石を醸した生産量も縮小の一途を余儀なくされます。
以来、日本酒の低迷時代が長く続くことになるわけですが――高井幹人さんが酒蔵に戻ったのは、まだ低迷の渦中にあった2004年のことでした。
当時、蔵は減石をしながらも「普通酒」をメインにした酒造りを行っていました。高井さんは、その方針を大きく転換。“品筆重視の酒づくり”へとシフトさせたのです。
目指したのは、ジューシーさのなかにも落ち着いた米の旨味が感じとれる芳醇な食中酒です。
さて、今回選んだお酒は『純米吟醸生・雄町45 有恒(ゆうこう)』 (1800ml、税込み4320円)。「雄町45」とは、雄町という酒米を45%になるまで精米しているという意味ですから、通常は「大吟醸」の表記が可能です。しかし、今風の華やかな香りを抑えるために、あえてクラシカルな7号酵母での大吟醸仕込みに挑んだといいます。
その上で、なお「純米大吟醸」と表記せず、「純米吟醸」の名にとどめているのは、高井さんの謙虚に過ぎる自戒からです。
「大吟醸を名乗るには、まだまだ自分に磨きをかけなければいけない。その思いからあえて純米吟醸という控え目な表記にしています」
実際、吟醸香は穏やかですから、食中酒としては極めて使い勝手がいいはずですが、お題料理の「秋刀魚の竜田揚げ」との相性はどうでしょうか?
まず肝ダレをつけていない状態で、お酒と合わせてみれば、十分に美味しいことは確かです。ただし、それがサンマなのか酒なのか、よくわかりませんが、後半にほんの少し苦みだけが浮く感じがしたのです。
ところが、肝ダレをつけて再度合わせてみると、まあ、驚きました! 味全体が見事にまとまって、苦みも旨さに変わりました。
思わず、「これがマリアージュの妙というものだね」と、料理人の間瀬達郎さんと互いにうなづきあいました。
肝ダレだけでも十分に酒の肴になる美味しさですから、新鮮なワタは捨てずにぜひお試しください。
* * *
以上、今回は9月のお題料理「秋刀魚の竜田揚げ」に合う酒を検証してみましたが、いかがでしょうか? 焼酎、ウイスキー、日本酒と、それぞれの個性的なマリアージュを楽しむことができました。とくに3本目の『巌(いわお)』との相性の良さには驚きました。
ぜひ皆さんも固定観念にとらわれず、ひとつの料理に対して、いろいろなお酒との相性を楽しんでみてください!
文/藤本一路(ふじもと・いちろ)
酒販店『白菊屋』(大阪高槻市)取締役店長。日本酒・本格焼酎を軸にワインからベルギービールまでを厳選吟味。飲食店にはお酒のメニューのみならず、食材・器・インテリアまでの相談に応じて情報提供を行なっている。
【白菊屋】
■住所:大阪府高槻市柳川町2-3-2
■電話:072-696-0739
■営業時間:9時~20時
■定休日:水曜
■お店のサイト: http://shiragikuya.com/
料理/間瀬達郎(ませ・たつろう)
大阪『堂島雪花菜』店主。高級料亭や東京・銀座の寿司店での修業を経て独立。開店10周年を迎えた『堂島雪花菜』は、自慢の料理と吟味したお酒が愉しめる店として評判が高い。
【堂島雪花菜(どうじまきらず)】
■住所:大阪市北区堂島3-2-8
■電話:06-6450-0203
■営業時間:11時30分~14時、17時30分~22時
■定休日:日曜
■アクセス:地下鉄四ツ橋線西梅田駅から徒歩約7分
構成/佐藤俊一
※ 藤本一路さんが各地の蔵元を訪ね歩いて出会った有名無名の日本酒の中から、季節に合ったおすすめの1本をご紹介する連載「今宵の一献」過去記事はこちらをご覧ください。