■3本目:日本酒「東北泉 雄町純米」1800ml 2829円(税込み)
(すず冷えの東北泉・雄町純米)
山形県は日本海側に広がる庄内平野の中心部、酒田市より20kmほど北上した飽海郡遊佐町吹浦(あくみぐんゆざまちふくら)にある高橋酒造店は明治35年(1902)の創業になる老舗の酒蔵です。
現在、蔵を切り盛りするのは女性当主の高橋千賀さん。ご主人だった先代が急逝されてからは、千賀さんが蔵の代表者として、かつ母親としてひたむきに頑張り通して、今日に至っています。
長年、蔵の酒質を支え、なお向上させてきたのは南部杜氏の佐々木勝雄さん。名杜氏の勇退後も、その教えを次世代に引き継ぎ『東北泉』は今も“東北の銘酒”として全国的に広く支持され続けています。
日本海に面した蔵から振り返れば、山形県と秋田県の県境に標高2236mの鳥海山(ちょうかいさん)がそびえたつというローケーションです。
鳥海山は地域の守り神、信仰の山として人々の心の支えにもなっています。
『東北泉』は、そんな神の山の伏流水を仕込み水とするお酒です。
酒質はまろやかな仕込み水と同質の丸みを帯びたやわらかな舌触りが特徴です。今風の派手で華やかなタイプのお酒ではありません。どこまでも落ち着いた香味の、じつによく出来た食中酒です。
今回用意した『東北泉』は「雄町」という酒米を使って醸した純米酒。ほんのり甘い香りを漂わせつつ、穏やかでまろやかな米の旨味をともなう優しい味わいのお酒です。
料理は和食とはいえ、カレー粉を使っていますので、そのスパイシーさを雄町純米の甘みで包み込めれば良いのですが、さて――。
実際に合わせてみると、鴨肉には少し負ける印象ですが、出汁の染み込んだ冬瓜と焼きナス、優しいカレー餡の風味に、雄町の旨味はきわめて良い感じです。今回の椀物は、いくつかの食材で成り立つ複合的な味わいですから食材それぞれとの相性の良さに幾許かの差はあります。料理全体としてとらえれば、泡盛・ワイン・日本酒の3種類のお酒の中でも相性の良さは『東北泉』が一番でした。ボリューム感、質感ともに丁度良い具合です。
お酒の温度差は、15度前後の「すず冷え」程度。
理想をいえば、もう半年くらい『東北泉 雄町純米』の熟成が進み、雄町の旨味がもっと乗っていれば、鴨肉とも更にしっくり合ったでしょうか。
何より、日本酒じたいが“滋味深い出汁”みたいなものですから、さすがの相性でありました。
* * *
以上、8月のお題料理「冬瓜と焼きナス 鴨の葛叩き カレー餡がけ」に3本のお酒を合わせてみました。
今回は、飛びぬけた相性の良さを感じる組み合わせとまではいかなくても、使う食材の部位や量、合わせるお酒の熟度や状態によって、いくらでも調整が効くものだということが改めて実感できました。
そういった微調整のイメージが出来てくると、料理をつくるとき、お酒を選ぶときの楽しみも、より一層深まるのではないでしょうか。
文/藤本一路(ふじもと・いちろ)
酒販店『白菊屋』(大阪高槻市)取締役店長。日本酒・本格焼酎を軸にワインからベルギービールまでを厳選吟味。飲食店にはお酒のメニューのみならず、食材・器・インテリアまでの相談に応じて情報提供を行なっている。
【白菊屋】
■住所:大阪府高槻市柳川町2-3-2
■電話:072-696-0739
■営業時間:9時~20時
■定休日:水曜
■お店のサイト: http://shiragikuya.com/
料理/間瀬達郎(ませ・たつろう)
大阪『堂島雪花菜』店主。高級料亭や東京・銀座の寿司店での修業を経て独立。開店10周年を迎えた『堂島雪花菜』は、自慢の料理と吟味したお酒が愉しめる店として評判が高い。
【堂島雪花菜(どうじまきらず)】
■住所:大阪市北区堂島3-2-8
■電話:06-6450-0203
■営業時間:11時30分~14時、17時30分~22時
■定休日:日曜
■アクセス:地下鉄四ツ橋線西梅田駅から徒歩約7分
構成/佐藤俊一
※ 藤本一路さんが各地の蔵元を訪ね歩いて出会った有名無名の日本酒の中から、季節に合ったおすすめの1本をご紹介する連載「今宵の一献」過去記事はこちらをご覧ください。