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文士・尾崎紅葉が死の間際に弟子たちに贈ったことば【漱石と明治人のことば229】

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今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。

【今日のことば】
「これから力を合せて勉強して、まずいものを食っても長命して、ただの一冊でも一編でも良いものを書け。おれも七度生まれかわって文章のために尽くすつもりだから」
--尾崎紅葉

小説『金色夜叉』で知られる尾崎紅葉は、親分肌の江戸っ子で面倒見のいい性格だった。山田美妙、石橋思案らと硯友社を組織し、機関誌『我楽多文庫』を発刊。明治の文壇に早くから屹立し、泉鏡花や徳田秋声ら、多くの門弟も育てた。

その尾崎紅葉の住まいは、神楽坂と隣接する牛込横寺町にあった。のちに新宿区横寺町と地名を変えた旧居跡付近を、10年ほど前に訪ねてみたことがある。すると意外なことに、変貌著しい東京にあってなお古めかしい路地が残り、神楽坂方面とをつなぐ石段の袖摺坂とともに、昔日の風情が残されていた。そんな空間に佇みながら、ふと、この紅葉の家で、泉鏡花が玄関番として住み込んで修養を積んでいたという逸話をも思い起こしたものだった。

夏目漱石は維新の志士の如き命がけの思いで作品づくりに取り組んだが、尾崎紅葉もまた文学にかける意気込みは凄まじかった。とくに、文章を構築していくときの神経の遣い方は、並大抵のものではなかった。

そのことは書き上がった原稿からも窺い知れた。

紅葉は原稿の推敲を幾度も繰り返し、修正は元の原稿用紙の上に書き直した紙を糊で貼っていくというやり方をしていた。ところが、修正は一度で済まず、三度四度と同じ段落に重ね貼りをして直すことも多かったため、ついには原稿用紙が厚紙のようになり、糊がかわくと、そっくりかえってしまうほどだったというのだ。

文学に命を燃やした紅葉は、明治36年(1903)37歳の若さで病没している。その臨終の間際、弟子たちを枕頭に呼び寄せて言い残したのが、掲出のことばである。

楠木正成の「七生報国」よろしく、何度も生まれ変わって文章のために…というのだから、このことばからも、紅葉がいかにこの道に刻苦勉励、魂を打ち込んでいたかがわかろうというもの。

泉鏡花も徳田秋声も師のこころを受け継ぎ、この訓えを守った。男子平均寿命が44・25歳(明治42年~大正2年の生命表による)という当時において、鏡花は67歳まで、秋声は71歳まで、ともにまずまず長生きして、磨き上げた独自の文体で作品を紡ぎつづけたのである。しかも、鏡花の書斎の床の間には、最後まで師・紅葉の遺影と『紅葉全集』が祀ってあったという。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。

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