あいかわらず日本酒のブームは続いていますが、日本酒のみならず、味噌・豆腐・納豆など日本古来の発酵食文化についても、おいしいうえに体にもいいと見直されています。

今回は、そんなブームのはじまるずっと前から、発酵ファンのあいだで大人気の日本酒をつくっている『寺田本家』の酒蔵見学の模様をご紹介します。

*   *   *

寺田本家があるのは千葉県香取郡神崎(こうざき)町。茨城県と利根川を挟み、古くから米作りが盛んだったという自然豊かなこの町は、江戸時代には水運の利も手伝って、最盛期には七軒もの酒蔵があったそうです。

現在は創業340年を超える「寺田本家」と、県内大手の「仁勇鍋店」の二軒を残すのみとなりましたが、近年寺田本家の第24代当主 寺田優さんが発起人となってこの二軒が協力、パン屋さんや豆腐屋さんとも連携し、「発酵の里こうざき」として積極的なまちづくりを行っています。

到着した私達は、まず大きな蔵を改造した素敵な広間に案内され、当主の奥様、聡美さんがつくる「うふふな発酵弁当」をいただきました。すべてが発酵食で彩られたお弁当のやさしい味わいに、思わず顔がほころびます。

「うふふな発酵弁当」

「うふふな発酵弁当」

お腹が一杯になったところで当主の優さんが登場。

昭和の中頃までは日本酒を機械で大量生産していたそうですが、先代が三十年前ほどに、原料のお米に自然農のもの、種となる麹も手作りで無添加の「自然酒」をつくる経営方針へ転換したのだそうです。

寺田本家24代当主 寺田優さん。

寺田本家24代当主 寺田優さん。

日本酒は、洗って蒸した米に、酵母菌を振りかけて発酵させた「種糀」に水と米を足して練り込んだ「酒母」をつくり、それを1ヶ月半ほど寝かして「もろみ」にしたのちに絞るという、実に地道な作業で作られます。

と、ここまで来てハッと気づきました。

「酒蔵って着の身着のまま蔵に入っていいんだっけ!?」

普通ならほかの雑菌が入ることを懸念し、一般の人は立ち入り禁止などの蔵も多数あり、入れても消毒された白い帽子や服を着るものだと思っていたのですが、ここでは違いました。

「菌の力を信頼し、あえてみなさんにはそのまま入ってもらっているのです」と優さん。

「菌を信頼する」という言葉にそのスタイルを実践、成功してきた自負を感じます。

ちょうど入り口では洗米の真っ最中でした。寺田本家では、創業以来ずっと蔵の裏手にある神崎神社の井戸水を使って酒造りを行っているのだそうです。

寒いなか、若い蔵人さんらがストップウォッチを見ながら、一斉にザルをあげて水を流し、また米を洗うその姿は、まさに「舞」を見ているかのようです。

「舞」のような洗米作業。

「舞」のような洗米作業。

その後は種麹をつくる「麹室(こうじむろ)」へ。湿度を保ち、マイナスイオンを発生するという炭を敷き詰めた室は、菌たちの発酵熱で一転、30度以上の室温。

あっという間に汗だくになりましたが、まさに菌が活きていることを実感しました。

麹室で発酵をはじめた米。

麹室で発酵をはじめた米。

次は「酒母」作り場へ移動。種麹に蒸し米と水をくわえ、大きな桶で潰しながら作るこの工程を、寺田本家では「酒作り歌」を歌いながら行うのだそうです。

優さんが実際に披露してくれたのですが、なんともいえない優しさと、菌たちへの感謝の念がその歌から伝わってきました。

酒母づくり。これを何人もで歌いながら行う。

酒母づくり。これを何人もで歌いながら行う。

全国で何百種類もあるという歌は、蔵人の息を合わせ、作業が楽しくなり、チームワークが生まれるとともに、その楽しい思いが酵母にも伝わるはず、という理由から歌われてきたそう。そんなところにも、寺田本家の酒造りのこだわり、菌への愛が伝わってきます。

こうしてできあがった酒母はドラム缶くらいの大きさ。優さんはここでなんと救った酒母を参加者に味見させてくれるのです。
指につけてペロリ。「……う、ウマい!」 酸味とほのかな甘味が混じった、なんともいえない味わいです。

そうしてできあがった酒母に、さらに米と水を加え、ひとつ2400キロもの大きなタンクに3回に分けて発酵させる「もろみ」場へと移動です。ここで一ヶ月ほど発酵させ、最後の絞りへといくわけですが、ズラッと並んだ大きなタンクから、もろみの泡が深くあじわいのある香りを漂わせていました。

タンクでどんどん成長するもろみ。

タンクでどんどん成長するもろみ。

最後にそのもろみの絞り機を見学したのち広間に戻り、愛をこめてできあがった数種類のお酒を試飲させてもらう「試飲タイム」へ。

作る過程をたった今この目で見てきただけに、その味もひとしおです。杯を重ねるごとに違った味わいに、各所で歓声があがります。

今回参加した女性に「お酒が飲めない」という方もいましたが、彼女も「不思議とこのお酒なら飲める!」と大喜び。

試飲。みんなの幸せな笑顔ときたら!

試飲。みんなの幸せな笑顔ときたら!

そうなんです。私もこれまで「日本酒は後がつらい」というイメージが強かったのですが、完全無添加、無農薬のお米をつかって作った寺田本家のお酒は、飲むと皆が明るく幸せそうな笑顔になり、一眠りすればスッキリ。なんというか「健全な酔い」なんです。

これも寺田本家が掲げる「うれしき たのしき ありがたき」な思いが菌に伝わり、酒になり、人々を醸しているからなんだろうな、と納得し、幸せな気分でツアーは終了しました。

例年1月から2月の寒仕込みのあいだのみ実施されるこの蔵見学、残念ながら本年度分はもう予約で一杯だそうですが、2017年3月12日(日)に、前述の仁勇鍋店さんと共催の「発酵の里こうざき酒蔵まつり」では、蔵見学や試飲、販売などが行われる予定。この日だけでなんと50,000人が訪れるという、町をあげてのお祭りです。

発酵の里こうざき酒蔵まつりの様子。

発酵の里こうざき酒蔵まつりの様子。

詳細は2月中に寺田本家発酵の里こうざきのウェブサイトなどで発表されるようなので、気になった人はチェックしてみてください。

日本酒には目がないという人も、ここのお酒なら飲めそうという人も、発酵の奥深さに興味を持った人も、このお祭りで発酵の楽しさ、おいしさ、不思議さを体験してみてはいかがでしょうか?

【関連リンク】
※寺田本家: http://www.teradahonke.co.jp/
※仁勇鍋店:http://www.nabedana.co.jp/
※発酵の里 こうざき:http://hakkou.org/

写真・文/柳澤史樹
フリーライター/ 自分史アドバイザー。歴史を楽しむ情報サイトや企業ファンサイトのマネージメント、ビジネスコンセプトやコピーの執筆、多数の著名人取材などの他、現在は一般社団法人 自分史活用推進協議会認定 自分史活用アドバイザーとして、個人の軌跡を残す「自分史」を活動の軸とする。2016年暮れ、地元横浜から相模原市緑区へ引越し、農的暮らしと執筆生活の両立へシフトチェンジ中。

 

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