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日本全国に大小1500の酒蔵があるといわれています。しかも、ひとつの酒蔵で醸(かも)すお酒は種類がいくつもあるので、自分好みの銘柄に巡り会うのは至難のわざ。そこで、「美味しいお酒のある生活」を主題に、小さな感動と発見のあるお酒の飲み方を提案している大阪・高槻市の酒販店『白菊屋』店長・藤本一路さんに、各地の蔵元を訪ね歩いて出会った有名無名の日本酒の中から、季節に合ったおすすめの1本を選んでもらいました。

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ラベルの椰子の樹が南洋の息吹を感じさせる、笑四季酒造の『笑四季 ポリネシア』720ml 1404円(税込)

【今宵の一献】 笑四季酒造 『笑四季 ポリネシア』

南国の椰子の木を描いたラベルが、いかにもトロピカルな気分を伝えもします。このお酒の名は『ポリネシア』です。

明治25年(1892)創業の笑四季酒造。

明治25年(1892)創業の笑四季酒造。

たまには宗旨替えをして、南太平の珍しいお酒でも、などと思ったわけではありません。『ポリネシア』は、れっきとした日本酒です。滋賀県の「笑四季酒造(えみしきしゅぞう)」がつくっているお酒ですが、さて――。

関西の水瓶の役目を担う日本最大の湖・琵琶湖の南部に位置する滋賀県甲賀市水口は、安藤広重の『東海道五十三次』にも描かれている、東海道第50番の宿駅です。

この地に、寛永11年、三代将軍・徳川家光の上洛に合わせて水口城が築かれました。つまりは宿場町と城下町のふたつの表情を合わせ持つ、歴史の町です。

「笑四季酒造」は、そのかつての東海道沿いに明治25年(1892)の創業になる老舗の酒蔵です。
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笑四季酒造の名は「酒は人生の潤滑油。四季折々、一年を通じて笑顔でいられるように」との想いを込めてつけたもの。ごく最近までは地元に根差した酒質の普通酒や本醸造酒をもっぱらつくってきた蔵です。

そんな笑四季酒造が、旧来の路線を思い切り転換。これまでの常識とは違う、新しい日本酒の可能性を開く酒蔵へと変身して注目を集めています。
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転機は8年前。新進気鋭の若い竹島充修(たけしま・あつのり)さんが杜氏として蔵入りしてからです。

竹島充修さんは新潟県の出身。東京農業大学を卒業後、新潟「越の誉」の原酒造に入社します。将来の杜氏候補にと嘱望されてのことでした。

ところが、東京へ酒造研修に出かけた折、思いがけない出会いが待っていました。研修の場で、東京農大時代に同じサークル仲間でもあった「笑四季酒造」の跡取り娘・加奈子さんと再会。縁は異なもの味なもので、ふたりは2年後にはめでたく華燭の典を挙げます。そこから夫婦の二人三脚による新しい「笑四季酒造」がスタートを切ることになったのです。

その若い感性で常識にとらわれない酒づくりが生み出した、最初の記念碑ともいえるのが2010年に世に送り出した極甘口の試験醸造酒で、その名も『モンスーン』。これは前々回紹介した貴醸酒の系統です。竹島杜氏が学生の頃に好きでよく飲んでいたドイツワインに発想のヒントを得て、試行錯誤を重ねた末に確立した独自の製法によって誕生をみた、新しい日本酒です。

以来、竹島杜氏は毎年のように新しい地平を切り拓く試みにチャレンジし続けています。冒頭に挙げた『笑四季 ポリネシア』も、そのチャレンジの象徴といえる、非常に面白いお酒です。聞けば、「完熟バナナ酵母」を使って醸したといいます。
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酵母は、いわゆる醪(もろみ)のなかの糖分を食べてアルコールに変える役目をします。この酵母には沢山の種類があります。

完熟バナナ酵母は、花酵母のひとつ。様々な花のなかから採取しては酒づくりに向いた酵母を分離培養したなかのひとつで、正しくは「東京農業大学短期大学醸造学科酒類研究室分離株 完熟バナナ酵母」という名称です。
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このバナナ酵母が、お酒の味にどう影響しているのでしょうか。一口飲んでみると、香り立ちはやや控えめですが、口に含むとほのかに野生的な酸味と苦味が感じとれます。そのなかに、“熟したバナナの風味”が穏やかながら確かに広がるのがわかります。

一般的に吟醸香といわれるフルーティーな香りのなかのひとつに、バナナのような香りがする酢酸イソアミルという香気成分があるのですが、明らかにそれとはまた違っています。

完熟バナナ酵母は、通常の清酒用の酵母ではないせいか、醪(もろみ)の発酵は順調ながらも、アルコール度数は14度程度で止まったそうです。
その分、全体の味わいは軽やかで、決して薄っぺらくもありません。
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笑四季仕込みタンク
もうひとつ驚いたことがあります。おそらく向いていないだろうなと思いながら、燗をつけてみたのです。『ポリネシア』は熱めの燗でも味の骨格が崩れず、むしろ酸がシャキっとして何の違和感もなく、美味しく飲めます。

汲み上げ豆腐と鯵(あじ)のきずしの冷やし鉢

汲み上げ豆腐と鯵(あじ)のきずしの冷やし鉢。汲み上げ豆腐に鯵(あじ)のきずしを載せ三杯酢をかける。薬味は大葉、茗荷、新生姜。

いい意味で予想を覆してくれるお酒との出会いはじつに嬉しいものです。

いつも、どんなお酒にも料理をうまく合わせてくれる『堂島 雪花菜(きらず)』の間瀬達郎さんですが、今回の『笑四季 ポリネシア』には何を用意してくれたのでしょうか。

出てきたのは「汲み上げ豆腐と鯵(あじ)のきずしの冷やし鉢」。汲み上げ豆腐の上に、鯵のきずしとキウイが置かれ、優しい三杯酢がかかっています。薬味には大葉と茗荷(みょうが)、季節的に新生姜も乗っています。

間瀬さんのコンセプトはこうです。

「お酒のほのかな苦みは、大豆が持つ苦味に通じる。それから、アルコール度数は低いので、ソフトでさっぱりした料理に合わせようと考えました」

「バナナっぽさのなかにキウイや瓜のニュアンスを感じたので、鯵のきずしとキウイを一緒に食べていただき、豆腐は口直し的な立ち位置です」
酒器については、今回は「ぐい吞み」ではなく、ワイングラスを用意してくれました。「『ポリネシア』の穏やかなバナナ香をより引き出すため」です。

まず、鯵とキウイがまったく喧嘩してないことに感動しつつ、『ポリネシア』を口に含むと、その苦味や野生味が隠れ、甘みとフルーティーさが前に出てきます。相乗効果というよりも、これは『ポリネシア』の長所を引き出すために生まれた料理と言っていいかも知れません。
いや、この組み合わせ、すごく愉しい“口福”です。

未だ梅雨の候ですが、その雨の降り方も、昔のようにシトシトという風情ではなく、まるで熱帯の国の雨季に近づいているような気配です。
今宵は、完熟バナナ酵母の『ポリネシア』で暑気払いなどいかがでしょうか。

『ポリネシア』に限らず、「笑四季酒造」が出すお酒のラベルは、かなりデザインが斬新です。若いお客さんなら、そのラベルに魅かれて手にとり、買って行かれる、私どもの酒販店ではそういう傾向がはっきりあります。

気鋭の若き杜氏が切り拓く、新しい日本酒の世界――ご年配の方にもぜひ楽しんでいただけたらと思います。

トリミング/藤本さんIMG_0403

文/藤本一路(ふじもと・いちろ)
酒販店『白菊屋』(大阪高槻市)取締役店長。日本酒・本格焼酎を軸にワインからベルギービールまでを厳選吟味。飲食店にはお酒のメニューのみならず、食材・器・インテリアまでの相談に応じて情報提供を行なっている。

■白菊屋
住所/大阪府高槻市柳川町2-3-2
TEL/072-696-0739
営業時間/9時~20時
定休日/水曜
http://shiragikuya.com/

トリミング/間瀬さん雪花菜7
間瀬達郎(ませ・たつろう)
大阪『堂島雪花菜』店主。高級料亭や東京・銀座の寿司店での修業を経て独立。開店10周年を迎えた『堂島雪花菜』は、自慢の料理と吟味したお酒が愉しめる店として評判が高い。

■堂島雪花菜(どうじまきらず)
住所/大阪市北区堂島3-2-8
TEL/06-6450-0203
営業時間/11時30分~14時、17時30分~22時
定休日/日曜
アクセス/地下鉄四ツ橋線西梅田駅から徒歩約7分

構成/佐藤俊一

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