奄美大島開運酒造の主力銘柄『れんと』。奄美の空と海をイメージしたブルーのボトルが映える。25度720mL 1269円。

サトウキビを原料に奄美群島でのみ造られる

鹿児島から沖縄に向かって連なる奄美大島を含む8つの有人島。この奄美群島だけで製造が許されているのが、黒糖焼酎である。

「奄美は終戦後から米軍の統治下に入りました。1953年の本土返還のさいに、黒糖焼酎は、復興の主眼として税制の保護を受け、奄美群島でのみ製造が認められるようになったのです」

こう話すのは奄美大島開運酒造社長の渡慶彦さん (62歳)。

宇検村のサトウキビ畑での収穫の様子。植え付けから収穫まで1年から1年半ほど。サトウキビ栽培は奄美群島の基幹産業である。写真提供/奄美大島開運酒造

奄美大島は総面積約712平方km。亜熱帯照葉樹林帯の島に、アマミノクロウサギやルリカケスといった稀少生物を含む独自の生態系が息づいており、2021年には、徳之島、沖縄島北部及び西表島とともに世界自然遺産に登録された。

中心街の名瀬から西へ車で約1時間。奄美大島最高峰、標高694mの湯湾岳の麓を目指す。

自社工場で黒糖の製造も行なう。サトウキビを圧搾し、汁を採る。不純物やアクを丁寧に取りながら煮詰めていく。
煮詰めたサトウキビの搾り汁をさらに濃縮圧縮し、型に流し込みブロック状にする。これが混じりけのない黒糖である。

近づくにつれて、木々の緑は色を強めていく。路肩には見上げる高さのガジュマルが聳え、法面からは巨大な歯朶(しだ)のヒカゲヘゴが濃緑の葉を垂らす。黄赤に色づくアダンの実の間を縫って、ツマベニチョウやイシガケチョウが群舞する。奄美大島に移り住み、数多の作品を残した画家、田中一村の見た色彩を今にとどめる。

この美しい宇検村(うけんそん)に、奄美大島開運酒造はある。

奄美大島開運酒造社長2代目の渡慶彦さん。宇検村を基軸とする産業を国内、そして世界へ発信していくことを社是としている。

奄美大島開運酒造の代表銘柄は、黒糖焼酎『れんと』。湯湾岳の伏流水を用い、減圧蒸留で仕上げた美酒だ。製造責任者の高妻淑三さん(52歳)は次のように話す。

「原料は黒糖ですが、必ず米麹を用います。糖に酵母を入れれば発酵して酒になるのですが、これは分類としてはスピリッツ(ラム酒)。麹を用いて初めて黒糖焼酎と名乗ることができるのです」

まず、黒糖のブロックに加水をして加温し溶かす。蒸した米に白麹菌を撒き麹米とし、水と酵母を加えて一次醪を作る。そこに溶かした黒糖を加えていく。二次仕込み、三次仕込みを経て、減圧で蒸留。こうしてできた原酒に割り水を加え、3か月ほどタンクで寝かせる。タンクにはたくさんのスピーカーが貼り付けてある。

蒸留した酒は割り水をした上で酵母別にタンクで貯蔵される。『れんと』は性質の異なる2種の酵母の原酒をブレンドして作られる。

「ヴィヴァルディやモーツァルトなどのクラシック音楽を流しています。酵母に聞かせているのか、と質問されることもありますが、蒸留酒ですからお酒の中に酵母は入っていません。タンクに直結した音響設備によって、物理的に振動を生み出して、お酒の分子集団を動かしながらじっくりと熟成させていくのです」(高妻さん)

タンクにはスピーカーのコーンが1基につき32個貼られている。音楽による微細な振動で、酒質がまろやかになるという。

高妻さんは、かつて芋焼酎の蔵で杜氏として働いていたという。

「黒糖焼酎の魅力は、蒸留後に味も香りもさらに伸びていくポテンシャルの高さにあります。黒糖のみを用いたスピリッツだと比較的刺激が強くなりますが、米麹を用いますので、米由来の香りが味に丸みを出します」(高妻さん)

同蔵は、ほかにも常圧蒸留で仕上げた優しい味わいの『あまみ六調』。原酒と樽貯蔵の酒をブレンドした『アマミラビット』。蒸留時に最初に採れる初留取(ハナタレ)を詰めた高濃度の『FAU(フアウ)』など、様々な商品を送り出している。

右から、常圧蒸留で仕上げたまろやかなうま味の『あまみ六調黒ラベル』30度900mL 1527円。売り上げの一部が自然環境保護活動に寄付されるポケットサイズの『アマミラビット』25度200mL 1200円。常圧蒸留の高濃度美酒『FAU』44度300mL 3080円。

黒糖焼酎ができるまで

(1)黒糖の液を作る

黒糖のブロック(手前)をステンレス槽に入れ、大量の水を加えて、加温して溶かし黒糖の液(奥)にする。

(2) 米麹を作る

洗米し水を吸わせた米を蒸し、少し冷ましてから白麹菌を加えて米麹にする。全41時間ほどの工程。

(3)一次仕込み

米麹に水と酵母を加え、約6日間発酵させて、酒母(一次醪)を作る。写真は4日目の醪(もろみ)。

(4)二次、三次仕込み

醪に黒糖液と水を、10~20日ほど2段階に分けて加えて、28~38℃でじっくり発酵させる。

(5)蒸留器で減圧蒸留

『れんと』の場合は減圧で酒を蒸留。減圧蒸留することで、雑味のない美しい酒質となる。

高濃度の美酒『紅さんご』の可能性

濃厚で奥深い甘みを持つ『紅さんご』40度720mL 2840円。知らずに飲んで、何かと問われれば、ウイスキーやブランデーと答える人も多いかもしれない。

『紅さんご』は黒糖焼酎の持つ可能性を国内外に知らしめた意欲作である。常圧蒸留で40度に仕上げた原酒をホワイトオークの樽でじっくり寝かせる。長い時を経て瓶詰めされた酒は、薄い琥珀に色づき、グラスに注ぐと濃厚で甘やかな香りが立ちこめる。口に含むと甘さの奥に樽由来のうま味、香りが何層にも感じられる。

『紅さんご』は、’21年と’22年の「東京ウイスキー&スピリッツコンペティション」(TWSC)の焼酎部門で、最高賞の「ベスト・オブ・ザ・ベスト」を連続受賞し一躍話題となった。

「結の心」が生んだ酒

奄美はその背景に数奇な歴史を負っている。旧石器時代にはすでに人の暮らしが始まっていたといわれるが、13世紀になると、琉球王国の統治下に置かれた。江戸初期には薩摩藩が侵攻、奄美のサトウキビ利権は薩摩藩が独占し、廃藩置県後も事実上その支配は続いた。過酷な収奪は黒糖地獄などと呼ばれた。しかし奄美には恨みの言葉は多く残されていないという。

前出の渡慶彦さんが言う。

「島には様々な労働歌が残っています。歌詞には日々の教えや子どもへの教育も含まれている。歌い助け合いながら働くと、夏には豊年祭が待っている。各集落で相撲を取り、八月踊りと宴を楽しみ、また翌年に向けて働いたのです」

奄美の古い里謡には「水(むず)や山うかげ、人(ちゅー)や世間うかげ」という詞があるという。水があるのは山のおかげであるように、人が生きるのは他者のおかげ。助け合う心を島では「結(ゆい)」と呼ぶ。黒糖焼酎は人の心がかたちとなった酒なのだ。

●奄美大島開運酒造 電話:0997・52・0167

撮影/宮沢 豪 

※この記事は『サライ』本誌2024年8月号より転載しました。

『サライ』2024年8月号特集は「本格焼酎は“香り”で味わう」

 

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