日本の大地で醸されるワインはどんな可能性を秘めているのだろう。近年、目覚ましい発展を遂げ、国内外で注目される日本ワイン。その10年後の未来を見据え、ひとりもくもくと独自の道を進む若き醸造家に会いに、八ヶ岳山麓のワイナリーを訪ねた。

ワインとの出会いは高校時代
標高約800m、八ヶ岳の南麓にある畑に、勢いよく風が吹き抜ける。6月初旬、晴れていて陽射しは充分でも、肌に触れる空気はきりりと冷たい。
丘陵地の中腹に立つワイナリーから車で2〜3分。山梨県北杜市の明野町浅尾地区にある畑は、2020年に原田純さんが設立した「紫藝(しげい)醸造」最初の畑だ。品種はプティ・マンサン、ルーサンヌ、ソーヴィニヨン・ブラン、カベルネ・フラン、ガメイ……と欧州系のワイン用品種のみ、約20種に及ぶ。
「最初の10年は土地に適したぶどうを探る段階。合うものを増やし、“明野の味”を造りたいんです」
と、原田さん。日焼けした顔は精悍で、迷いのない語り口で言う。
ワインに出会ったのは、高校時代。当時の大ヒットマンガ『神の雫(しずく)』を読み耽り、登場するワインはもちろん、巻末の資料でボルドーの格付けやブルゴーニュのクリュ(畑の区画)を覚えるのに夢中になった。それだけでは飽き足らず、友人と共同で秘密裡にワインセラーを買い、アルバイト代をつぎ込んでワインを集め始めたほど。


醸造家になろうと、山梨大学のワイン科学に特化した学部に進み、インターンシップ制度で当時「ルミエールワイナリー」の栽培醸造長だった、小山田幸紀さん(現「ドメーヌ・オヤマダ」代表)に出会いワイン造りを学ぶ。小山田さんは、現在、進化の著しい日本の小規模ワイナリーの潮流を牽引したひとりである。
その縁で、卒業後はフランスの知られざる造り手を紹介するナチュラルワインのインポーターに就職し、5年間勤務。30歳の独立時、純度100%のワイン人生は14年目に突入していた。
目指すのは「産地」の味
栽培について原田さんに尋ねると「畑を耕さずに下草を生やしたまま管理し、基本、肥料や化学農薬は使いません」との応えが。土地の個性に託すやり方だ。
醸造家自らが、肥料や農薬に頼らずにぶどうを栽培し、質の高いワインを造る。独立系ワイナリーの先達がここ20年で確立したスタイルは、現在の若い造り手のスタンダードになっている。


「今の時代、飲みやすく造り手の個性を感じるようなワインを造ることは難しくない。先輩方の挑戦に学ぶことができ、情報も手に入りやすいですから」
だから「次を目指さなければ」と、言葉に力を込める。「次」が示すのは、冒頭の「産地らしい味づくり」だ。
「フランスでいえば、ブルゴーニュ地方にあるモンラッシェの区画では複数の生産者がシャルドネを栽培し、個々の味を守りつつ、総体として揺るぎないモンラッシェというワインを生み続けている。同じように、軽やかな味を継承する地域もある。それが本当のテロワールですよね」

自社畑のぶどうの生長を待つ間、契約農家のぶどうも使い醸してきた「翠翠(すず)」などのワインは、手に届きやすい価格でリリースしてきた。白ワインは柑橘や花のアロマが豊かで爽やか。赤も程よくふくよかで旨味が広がる。「居酒屋で飲まれたらうれしい」と話す通り、日常の食卓に寄り添う味わいだ。
昨年、念願だった自社畑産の欧州系品種だけのワインも仕込み始め、年内のリリースを考えているという。美しい黄金色、いきいきと緊張感のある雰囲気が熟成の可能性を予感させた。世界に通じる「産地」を日本から。10年後を見たい造り手の登場である。


紫藝醸造

2020年、山梨県北杜市明野で設立。明野を中心に、穂坂、一宮などに計2.4ヘクタールの畑を所有。委託醸造も請け負う。一般見学不可。ワインは全国80軒の酒販店で販売。
取材・文/佐々木ケイ 撮影/鈴木泰介











