最古の焼酎ともいわれる琉球王朝の“隠し酒”
「琉球国には南蛮酒と称し、清烈にして芳、佳味なる酒を醸す」
こう記すのは、明(中国)の冊封使(使者) 陳侃による『使琉球録』(1534年)。文書は「伝ふ所によれば、縁(ふち)深き南蛮甕(がめ)とともに暹羅(シャム)より渡来せり」と続く。
この記録から、泡盛は、ほかの焼酎に先がけて生み出されていた可能性が高いとされ、最古の焼酎とも呼ばれている。
泡盛は、酒税法上は本格焼酎に分類されるが、その製法には特異な部分が多い。
琉球王朝はこの製法を門外不出とし、首里三箇(しゅりさんか)と呼ばれる特定の地域でのみ、王府の御用酒として製造を許可した。技は秘を極め、江戸初期から琉球を支配した薩摩藩にも伝わっていない。
米のみで造られる特異な本格焼酎
かつて琉球王府があり、沖縄の中心都市として栄える那覇は、島の南部に位置する。対して北部には広大なやんばるの森が広がる。残波岬は、その中間、本島中部西側の海に突き出るように聳える。高さ30m前後の絶壁が約2kmにわたり連なる沖縄有数の景勝地である。その名を冠する泡盛『残波』は岬からほど近い読谷村(よみたんそん)の比嘉酒造で醸される。同蔵研究員の中村真紀さん(43歳)は、独特の製法が生み出す複層的な香りが泡盛の魅力と話す。
主原料を米のみとする泡盛は、米焼酎の一種。一般的な米焼酎は、米麹で酒母を作り、酵母を増やし、そこに蒸し米を加えて造るが、泡盛は米麹のみを発酵させていく。
「泡盛には黒麹を用いるのが伝統です。黒麹はクエン酸を多く出す特徴があり、それが泡盛の個性を生んでいるのです」(中村さん)
また、伝統的にタイ米(インディカ種)を用いていることも特徴のひとつ。中村さんが続ける。
「タイ米に含まれるフェルラ酸が、醸造過程で4VGという成分に変化します。これが貯蔵によりバニラ香を持つバニリン、さらにバニリン酸という物質に変化します」
素焼きの甕(かめ)での貯蔵も、泡盛の香味を引き上げるという。
「泡盛は空気に触れることで酸化熟成し味わいを深めます。素焼きの甕には水分を通さない微細な穴が無数にあり、まるで呼吸をするように空気の出入りがあるのです」
また、泡盛には「古酒(クース)」という概念がある。熟成された歳月によって価値が高まっていくのも、ほかの焼酎には見られない特徴だ。
仕次ぎに込める平和への願い
家庭での古酒の保存には沖縄伝来の「仕次ぎ」という手法を使うとよいと、中村さんは言う。
「素焼きの甕がよいのですが、なければ瓶でもかまいません。泡盛を1年寝かせて正月に少しだけ飲む。減った分新しい酒を加え、また来年少し飲む。こうして代々古酒を注ぎ足し守る伝統なのです」
琉球王府の秘伝として守られてきた泡盛。かつては、数百年の古酒の甕が那覇を中心に数多く保存されていたという。それらはほぼすべて沖縄が戦場となった第二次世界大戦で焼けてしまった。
「だからこそ仕次ぎを続けてほしい。代々守った酒の過ごした月日は、その家庭が平和に暮らした年月そのものなのです」(中村さん)
●比嘉酒造 電話:098・958・2205
撮影/宮地 工
※この記事は『サライ』本誌2024年8月号より転載しました。