江戸時代から続いてきた鮨、天ぷら、蕎麦、そして昭和の時代に発達した焼き鳥は東京の食文化。老舗から新店まで、足を運びたい店を紹介する。

150年の老舗を100年後の未来に伝える

かんだやぶそば 淡路町

そばとろ1573円。初代が工夫した『かんだやぶそば』伝統の青みがかった蕎麦と、粘
りの強い大和芋のとろろの組み合わせは絶品。

幕末の江戸に一世を風靡した蕎麦屋があった。千駄木団子坂の2000坪とも3000坪ともいわれる眺望の良い敷地に、木を植え、名石を置き、滝を配し、趣向を凝らした離れ座敷で蕎麦を供し大いに繁盛した。正式な屋号を蔦屋といったが、世人は敷地内の竹藪にちなんだ呼称で親しんだ。これが世にいう団子坂藪蕎麦の由来。蔦屋主人は武家の出身で、代々三輪伝次郎を襲名した。

「三輪伝次郎さんはアイデアの豊かな人でした。滝は人工で、人足を何人も使い、水を崖上まで汲み上げて落としたそうです。暑い時期に滝を見物して涼みながら蕎麦を手繰るという趣向で、お客さんに浴衣まで貸し出した。これが江戸中の評判になった。庶民の日常食だった蕎麦から、情緒豊かな食文化を創造した先達なんです」

昨年、父の堀田康彦さんから社長を引き継いだ『かんだやぶそば』5代目の康太郎さんはそう語る。

「神田連町(現在の淡路町)にあった団子坂藪蕎麦の支店を、私の4代前の堀田七兵衛が三輪家から譲り受けたのが明治13年。これが『かんだやぶそば』の始まりで、今年で143年目になります」

冷やし茄子そば1540円。季節のおすすめ品(6月〜9月)。焼き茄子にオクラ、茗荷などの夏野菜を添えた冷たいご馳走。
やきのり787円。蕎麦屋の定番酒菜。吟味した焼き海苔を、風情ある海苔箱で供する。火種を熾した炭の仄かな香りも良い趣向。

江戸の遺風を偲ぶ「通し言葉」

関東大震災で全焼し、3か月後に再建された『かんだやぶそば』の旧店舗。平成12年に東京都選定歴史的建造物の指定を受けていた。

団子坂藪蕎麦は明治の終わりに突然廃業するが、連雀町の藪蕎麦は初代七兵衛の才覚で東京屈指の名蕎麦店へと成長する。

とはいえ、老舗を守り続けるのは並大抵のことではなかった。

「140年の間に2度、店が焼けています。最初が大正12年の関東大震災。このとき再建したのが旧店舗です。東京大空襲の戦火を奇跡的にまぬがれ、東京都選定歴史的建造物の指定まで受けていたのですが、平成25年に火災に遭ってしまいました」

この旧店舗は多くの人の記憶に残っている。敷地を囲む板塀に門脇の吊り行灯、料理屋風の入口に店奥に構えた帳場、そして客の注文を調理場へ伝える女将の独特の節回しの通し言葉、「せいろう〜いちまい〜……」。江戸時代に紛れ込んだかのような錯覚に囚(とら)われたものだ。それだけに火災の報には心が痛んだ。

「再建を決めるまで、父とあれこれ悩みました。いっそのことここを売却して郊外に1万坪の土地を買い、江戸の昔の団子坂藪蕎麦を再現しても面白いんじゃないか、なんて父が言ったこともあります。ここで生まれ育った父ですから、本心のはずはないんですけどね。考え抜いた末に、元のこの土地での再建を決めました」

平成26年10月に営業を再開した数寄屋造りの新店舗。旧店舗の面影を残しながら、老舗の格式を伝える気概の籠った佇まい。

平成26年に営業再開した新店舗は、躯体こそ耐震性と耐火性を考慮した最新の鉄骨構造だが、外観は往時を彷彿とさせる落ち着いた数寄屋造りだ。木造だった旧店舗の意匠を随所に偲ばせる。そして店には今も往時の通し言葉が響く。

「143年間ここで続いた店の伝統を、この地域に残してこそ意味がある。地域あってこその店ですから。時代に合わせて変えるべきは柔軟に変えつつ、石橋を叩いて渡らぬ慎重さも忘れずに(笑)。注文を調理場に伝えるのも、今ならPOSシステム(※販売時点情報管理。)を使うのが普通ですが、そこは変えない。通し言葉は究極のアナログではあるけど、まだ充分役に立っている。100年続いたものは、100年後まで伝える価値がある、かもしれない。時代に流されず、時代を超えていく。それが江戸時代から続く老舗の生きる知恵なんです」

幾度もの震災や大火に遭いながら江戸の街は続いてきた。その遺風を今に伝えるのが老舗の誇りなのだろう。堀田さんたちは、今も本家団子坂蔦屋の三輪家の墓参を欠かさない。

5代目の堀田康太郎さん(51歳)。
昨年5月、父・康彦さんの後を継ぎ社長に就任。老舗の伝統を受け継ぎ、地域を守ることが信条。

かんだやぶそば

東京都千代田区神田淡路町2-10
電話:03・3251・0287
営業時間:11時30分〜20時(最終入店)
定休日:水曜 77席(1階)、2階は個室のみ。上画像は1階。

東京メトロ淡路町駅、都営地下鉄小川町駅から徒歩約3分。JR秋葉原駅から徒歩約5分。

※この記事は『サライ』本誌2023年9月号より転載しました。取材・文/石川拓治 撮影/藤田修平

 

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