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『バーの主人がひっそり味わってきた 酒呑み放浪記』(間口一就 著、秀和システム)の著者は、近年のハイボールブームの火つけ役としても知られる銀座のバー「ロックフィッシュ」のオーナー。

好きなことが3つあり、それは「食べること」「おいしいもの」「人と会うこと」なのだそうだ。

なかでも特に重要なのは「食べること」。朝ご飯を食べれば昼ご飯が気になり、昼ご飯のあとには晩ご飯が待ち遠しくなり、就寝前には翌日の食事に思いを馳せるのだという。その気持ちは、なんとなくわかる。

また、せっかく食べるのだから「おいしいもの」を選びたいと考えるのも当然の話。本当に「おいしい」と感じるものはそうそう多くないが、自分自身の味覚の軸をしっかりつくり上げれば、他人の意見に左右されずに済むと考えているそうだ。これもまた、よくわかる考え方だ。

そして、喜びの最大のエッセンスが「会うこと」なのだとか。もちろん、新型コロナの時代には大声で話すわけにはいかないだろう。とはいえ、ちょっとしたおしゃべりが愉しければ酒も食事も進み、笑顔も集まるものだ。それがうれしいというのである。

肩の力が適度に抜けた、ちょうどいいスタンスである。さらにはそこに、バーの主人としての視線もが重なっていく。

そうして生まれた本書は、「とにかく好きなことを書いた」と著者自身が認めるエッセイ。東京で出会った名物料理や、地方で味わった地酒と郷土料理などについての思いが、軽妙な口調で綴られている。

特にうれしいのは第1章である。「嬉しいレシピつきの一品」というタイトルからもわかるとおり、お気に入りの料理を紹介した文章とともに、そのレシピまでもが紹介されているのだ。

いくつかをご紹介してみよう。

「いがめんち」

著者の耳には「いかめんち」と聞こえるというが、青森の地元の方々はそれを「いがめんち」と呼ぶ。しかも正しくは、「い」と「が」の間に小さな「ん」が入るらしい。

どうあれ著者はその名を聞いたとき、勝手にメンチカツのいかバージョンを想像したのだった。ところが、まったく違うものが出てきたので驚いたと振り返っている。

弘前の居酒屋「土紋(どもん)」で対面したいがめんちは、みりんと醤油を煮詰めてかけた鶏つくねのハンバーグのような形状。しかし箸を入れてみると、きめ細かく刻んだイカをしっとりと焼き上げたハンバーグだったという。

工程はいたってシンプルで、包丁二刀流で、いかを1時間以上かけて叩き続けるのみ。「秘密は?」と聞いても「叩くだけ」という返事しか戻ってこなかったというが、手間がかかることだけは間違いない。

刻んだいかに、玉ねぎ、人参などを加えて揚げたもの。野菜の甘味と絡んだいかが、前に出すぎずおいしさを浮き立たせる。見た目は茶色く、「焦げているのかな?」と思うくらいよく揚がっているが、それが香ばしさを生み出しているため箸が止まらなくなるそうだ。

たしかに、酒が進みそうな一品である。

間口流いがめんち
【材料】
いかの煮付けの缶詰、玉ネギ、キャベツ、お好み焼き粉、卵、緑のオリーブ(種なし)、ごま油(太白)
【作り方】
(1)玉ネギとキャベツをみじん切り。次に、いかの煮付け、オリーブを刻みます。
(2)ボールに、いかの煮付け、玉ネギ、キャベツ、オリーブ、お好み焼き粉、卵を入れます。この際、いかの煮付けの缶詰の煮汁を、少々加えるのがポイント。
(3)さっくり混ぜたら、フライパンにごま油を入れて、スプーンですくいながら、落として揚げます。しっかり茶色に揚がったらでき上がり。オリーブの味わいが爽やかさを誘います。
【合う酒】
まずは青森の酒造好適米「豊盃(ほうはい)」に合わせてみませんか?
(本書19〜20ページより引用)

赤い焼き肉

著者は料理職人や飲食系ライターらと、福岡へ「食の稽古」に行ったことがあると明かしている。食の稽古とはなんなのか、興味を引かれるところではあるが、早い話が大人の遠足。つまり、本能のままに本気で食べ飲みに行くということだったらしい。

しかし、それは初めての試みでもあったため、なにが起こるのかは予測不可能。そもそも飲み会のときにノリで決まった勉強会でしかなかったというのだが、そういう旅は少年の心を呼び覚ましてくれるものでもあるだろう。

事実、一行は福岡に到着するや大いに盛り上がったようだ。

昼前、福岡空港に到着。そのままタクシーで、千代にある「玄風館(げんぷうかん)へ。暖簾は濃いスミレ色に白地。大好きな昭和の佇まい。ひとまず入り口で写真撮影をして、いざ、店内へ。
土間にもテーブルがあり、我々は奥の座敷へ。壁は飴色、有名人の色紙も飴色。時間が止まっているよ、ここは。(本書19〜20ページより引用)

玄風館は、店主の祖母が約70年前に博多・千代町で開業した焼肉専門店を発祥とする老舗。祖母直伝の辛い焼肉で知られるだけに、著者らが大きく盛り上がったことも容易に想像できる。

一気に上がったテンションは下がることなく、さらに上がっていきます。ここで地元の屋台のマスター、ビストロのシェフも加わり、総勢8名の大所帯へ。(本書41ページより引用)

すると、地元の方が「辛さはゲンプウカンで」と肉を発注。運ばれてきた鈍く光るステンレスの皿の上には、真っ赤なタレで包まれた肉。それこそが、玄風館でしか食べることのできない「赤い焼き肉」だ。

気がつけばマッコリが追加され、肉が追加され、お昼時にもかかわらず深夜のような盛り上がりとなり、3時半まで盛り上がったのだとか。

さて、そんな「赤い焼き肉」とは、どのようなものなのだろうか?

間口流赤い焼き肉タレ
【材料】
コチュジャン(あればヤンニョンジャンも)、みりん、砂糖、白ごま
【作り方】
(1)ボールに材料を入れて練る。
(2)焼き肉用のお肉にまぶしてでき上がり。
【合う酒】
ちょっと甘めの乳酸系ドリンクに、焼酎甲類と炭酸を足してみよう。
(本書42ページより引用)

決して難しくはないだけど、ぜひとも再現してみたいところだ;

* * *

本書の魅力は、かように著者自身が楽しみまくっている点である。だから、読んでいるだけでこちらも楽しくなってくるのだ。

レシピに目を通して料理を再現し、それらをつまみに酒を飲みながら読むという楽しみもあるかもしれない。休みの日にでも、ゆっくりと楽しみたい一冊である。

『バーの主人がひっそり味わってきた 酒呑み放浪記』

間口一就 著
秀和システム

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文/印南敦史 作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)などがある。新刊は『書評の仕事』 (ワニブックスPLUS新書)。2020年6月、「日本一ネット」から「書籍執筆数日本一」と認定される。

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