文・晏生莉衣

世界で始まったCOVID-19(新型コロナウイルス)のワクチン接種から、英語ドリルの出題です。次の文章の2つの( )の空欄に当てはまる英語表現を、ヒントの中から選んでください。

【ワクチンがCOVID-19感染拡大を止める(     )となるか、そして多くの人々の命をこのパンデミックから守る(     )となるのか、期待が高まっています】

*ヒント:go-getter, game changer, cliffhanger, nail-biter, lifesaver, tiebreaker

どの英単語なら意味が通じるか、よく考えて回答しましょう。前回レッスンの復習ですから、わからない場合はレッスン14を参照してください。(答えは記事の最後にあります)

いまだ続くマスクをめぐる対立

さて、今回の本題に入りましょう。ワクチン接種が行われても、マスクの着用やソーシャルディスタンスを保つというような基本的な予防対策は、これまでどおりに求められます。しかし、アメリカでは、COVID-19感染者数、死者数ともに世界最多の状態が続いているにもかかわらず、マスクをすることを拒む人がいまだに多いという実態があります。

さまざまな科学的研究から、マスクの着用が自分はもちろん、他人も感染から守るのに有効だというエヴィデンスが報告されても、一部のアメリカ人はどうしてかたくなにマスク拒否を続けるのでしょうか。理由としてよく指摘されるのは、アメリカ人が大切にする個人の自由です。「マスクをつけるかつけないかは自分の自由。他人からとやかく言われる筋合いはない」という考え方ですね。他方、マスクをつけない個人の自由に対し、マスク推進派は「マスクをつけずに他人の健康を脅かす権利はない」と異議を唱えます。

「白熱教室」サンデル教授が解説

ベストセラー『これからの「正義」の話をしよう』の著者で、『白熱教室』でもよく知られるハーヴァード大学のマイケル・サンデル教授は、同大学の機関紙『Gazette』のインタヴューの中で、「マスクをするかしないかは、政党間の対立の発火点となっており、文化的な戦争の新境地を開いている」と指摘した上で、次のように述べています。(注1)

「なぜ公衆衛生のためにマスクをするだけのことをしない人がいるのか。それには2つの理由があります。まず、アメリカ人の多くは、マスク着用の義務化を個人の自由の侵害だと考えます。こうした人たちは、政府にマスク着用を強要されたくないのです。次に、アメリカ人の多くは、科学を根拠に権威をふるう政府のエリートたちに憤りを感じています。つまり、マスクをめぐる議論は、気候変動についての政党間の意見の不一致と同様のものなのです。多くのトランプ大統領支持者は、彼が抱いているエリートや専門家への憤りを共有しています。これらの人たちは、気候変動を緩和するために炭素税を払うべきだとする専門家を信用しないのと同様に、新型コロナウイルスの感染リスクを減らすためにマスクをするべきだと言う専門家を信用しません。マスク着用への抵抗は、公衆衛生上のことではなく、政治上のことなのです」

サンデル教授の言う政党間の対立ですが、マスクについては、マスク拒否派の共和党、マスク着用推進派の民主党と大別されますが、気候変動については、国際的なレベルの動きが絡んできます。トランプ大統領がパリ協定(2020年以降の地球温暖化対策の国際的な枠組み)からの離脱を宣言し、アメリカは昨年11月に正式に協定から離脱したばかりですが、バイデン次期大統領は、大統領就任後のアメリカのパリ協定復帰を公言しています。

これと同様な例としてあげられるのが、「子どもの権利条約」(注2)と呼ばれる国際条約とアメリカの関係です。この条約は、子どもの基本的人権を国際的に保障するために定められた条約で、1989年に国連で採択され、翌年発効しました。世界でもっとも広く受け入れられている国際人権条約で、現在、196の国と地域で締結されています。日本は1994年に批准しました。

ところが、アメリカは、この「子どもの権利条約」を今日まで批准していません。世界の独立国の中で、唯一、アメリカだけが締結していないのです。

「子どもの権利条約」を批准しない唯一の国

これは国際人権条約にくわしい人たちの間ではよく知られた話ですが、長らく「子どもの権利条約」の未締約国だったのが、アメリカと、内戦による無政府状態が続いていたソマリアです。世界の超大国・先進国アメリカと、アフリカの無法国家と化したソマリア。それはなんとも対象的なコンビネーションでした。

その未締約国グループに加わったのが、2011年に独立した南スーダンでした。しかし、南スーダンは2015年、すみやかに条約に加入。ソマリアは、2012年にようやく正式に政府が発足し、南スーダンの後を追うかのように、同じく2015年に条約を批准しました。その結果、未締約国はアメリカのみとなったのです。

アメリカは、共和党のレーガン大統領時代、この条約の草案に深く関わりながら、採択された条約には懸念を表明。民主党のクリントン政権に変わってから、1995年にようやく条約に署名します。しかし、国際条約の批准承認権を持つ議会上院で、批准に向けた議論がされたことは、これまで一度もありません。署名に動いたクリントン大統領を含め、どの大統領も議会上院に本件を送っておらず、批准への取り組みはストップしたままです。承認には上院議員の3分の2以上の賛成が必要なため、それだけの賛成票を得ることは現実的に不可能だと思われるのが、どの政権も上院での承認獲得に消極的で、力を注いでこなかった主な理由と言われています。

なぜ、反対するのか?

サンデル教授が指摘したパリ協定同様、この問題にも政治的対立があり、概して、民主党は子どもの権利条約の批准賛成派、共和党は反対派です。ただ、この子どもの権利条約については、政党間の違いもさることながら、「アメリカの子どもの最善の利益は国内問題であり、アメリカの法律で適切に定められている。国連や国際法によって干渉される必要はない」という全般的な考え方があります。こうした意見は、国家主権への強いこだわりや国家としてのプライドを裏付けるもので、アメリカが時折見せる孤立主義につながるわけですが、個人のレベルでも、自分の家族は自分で守るというセルフヘルプ(自助)の精神や、独立心の強いアメリカ人のメンタリティが影響していることは否めません。このメンタリティは、新型コロナウイルス対策でのマスク拒否というドメスティックな問題に見られる、「他人からとやかく命令されたくない」というアメリカ人の個人主義に共通するものが感じられます。これは、COVID-19感染拡大が深刻化する中で垣間見える、アメリカ孤立主義の本質なのかもしれません。

このような孤立主義的な要素に加えて、「子どもの権利条約を批准すれば、親の権利が損なわれる」という考え方もアメリカには根強くあります。その一方で、国際社会のノーム(規範)であるこの条約の重要性を理解し、批准を求める多くの意見もまた、アメリカ国内にはかねてからあります。

現実を見れば、条約を締結しているといっても、貧困や戦争、テロなどによって子どもの命が危険にさらされている国は多くあります。そうした過酷な状況に置かれた子どもたちに比べて、未批准国アメリカで暮らす子どもたちがよりひどい人権侵害にあっているということにはならないという見方もあります。子どもの権利条約を締結しているかどうかが、子どもの安全な生活と幸せを守る指標となっていないのもまた事実です。

しかし、国際条約への参加は、国際社会の一員としての責任を果たすというコミットメントですから、世界のリーダーを自負し、他国の人権侵害問題に対して厳しい姿勢を取るアメリカが、各国が支持する「子どもの権利条約」の締約国ではないというのは、かなりの矛盾が感じられる話ではあります。これもまた、アメリカにとっての「不都合な真実」ということでしょうか。バイデン新大統領の時代に、アメリカが「子どもの権利条約」の批准に向けて動くのかどうか、注目点として挙げておきたいと思います。

* * *

個人の自由と公衆衛生、そのどちらが優先されるべきかという観点は、子どもの権利がいかに守られるべきかという議論にもつながっていきます。アメリカに限らず、COVID-19感染拡大によって、特に脆弱な立場にある子どものさまざまな権利が脅かされるような状況が世界に広がっている今日、これを機会に、「子どもの権利条約」について、学校で、家庭で、社会で、今一度考えてみてはいかがでしょうか。

(注1)  https://news.harvard.edu/gazette/story/2020/08/sandel-explores-ethics-of-what-we-owe-each-other-in-a-pandemic/
(注2) The United Nations Convention on the Rights of the Child. 日本語では「児童の権利条約」、「児童の権利に関する条約」とも呼ばれる。

クイズの答え:(game changer)(lifesaver)

文・晏生莉衣(Marii Anjo)
教育学博士。20年以上にわたり、海外研究調査や国際協力活動に従事。平和構築関連の研究や国際交流・異文化理解に関するコンサルタントを行っている。近著に国際貢献を考える『他国防衛ミッション』(大学教育出版)。

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