文・写真/パーリーメイ(海外書き人クラブ/欧州在住ライター)

中東のドーハやアブダビ、あるいはロンドンなどヨーロッパ経由でようやく到着しても、観光時に再びパスポートを提示し“越境”する。不思議な国、キプロス。

1974年のトルコとの停戦以来、南北に分断されたままだ。

北キプロス(左端)とトルコ(右端)の旗を揚げる、北キプロスのギルネ門。

領有権争いは続いているが、国連管理下の緩衝地帯「グリーンライン」を超えて、気軽に往来できる首都ニコシア(Nicosia)は、1年を通して観光客が訪れる。

首都の呼び名が3つ? 波乱の歴史を歩んだ東地中海最大の島

ギリシャ系住民の「キプロス共和国(Republic of Cyprus)」と、トルコ系住民の「北キプロス・トルコ共和国(North Cyprus)」。どちらもおおよそ、12世紀頃からキプロス島に住み始めたと主張する。

地中海流域の北東端に位置し、東地中海最大の島であるキプロスはアッシリア、エジプト、ペルシャ、ローマなどの支配を受け、第2次世界大戦後のイギリス統治を経て独立。

キプロス(左端)とギリシャ(中央)の国旗を揚げるキプロス共和国。

ニコシアは英語表記で、古代より島と深いつながりを持つギリシャ系は「レフコシア(Lefkosia)」、1571年のオスマン帝国征服後に入植し、83年に“独立”した北キプロスに暮らすトルコ系は「レフコシャ(Lefkoşa)」と呼ぶ。

※レフコシャ(Lefkoşa)のoの後の文字はセディーユ付きのs。

悲しいまでにまっぷたつに割れた円形都市

3つの呼び名を持つこの町の旧市街は城壁に囲まれ、グリーンラインを挟んで、見事なまでにまっぷたつに割れている。

円の上半分が北キプロス、下半分がキプロス共和国(南キプロス)。

日本を含め、世界は北キプロスを国として認めていないため、2025年現在9か所ある検問所のうち、観光客が徒歩で越境するなら南側のレドラ通りがわかりやすい。

2004年に加盟を果たしたEUの旗も揚げる南ニコシア(キプロス共和国)、レドラ通りの検問所。

検問所付近には、島北部から血が滴る地図の色あせたバナーや、「PEACE」の文字とたいまつを握る手などのグラフィティが残る。一瞬緊張が走るものの、周囲は人々が行き交い活気に満ちている。

ギリシャ正教からイスラム教の世界へひとっ飛び

“国境”を抜けると、そこはまさに異世界だった。テラス席で気持ちよさそうに水タバコをふかす客の姿に誘われ、カフェの「デーヴィッド・ピープル(David People)」へ。

ビアグラスはトルコでライセンス生産する、デンマーク・ビールのツボルグ。

礼拝の時間を知らせる大音量のアザーンが響くなか、トルコで主流のエフェス・ビールと、カルダモン入りトルコ・コーヒーをいただく。それぞれ160リラ(約660円)、70リラ(約300円)と、メニューはトルコ通貨の表記(ユーロ払い可)。

すぐ近くにはオスマン帝国時代に綿糸市場だった小さなモスク、「イプルク・バザール・モスク(Iplik Bazaar Mosque)」がある。

素人目にはほかとの違いがどうにもわからない、1826年建設のイプルク・バザール・モスクの尖塔。

検問所で入手した観光センターの公式パンフレット『レフコシャ(ニコシア)』によると、「ほかのモスクよりかなり古い尖塔は、バルコニーがひとつと切石による円錐形の石造りの屋根を持ち、北キプロスにふたつしかない希少性の高いデザイン」だという。

昭和を思い起こす、レトロな市井

3つあるベネチア城門のひとつ、ギルネ門の広場には北キプロス建国の立役者、ファズル・キュチュク博士の銅像が立つ。トルコ系キプロス人の人権擁護に尽力した、キプロス共和国の初代副大統領である。

そこを通り細い路地へ足を踏み入れると、木製の窓枠や扉を備えた家々が立ち並ぶ。玄関先に置かれた植木鉢、自転車など、どこか昭和を思わせる光景だ。

ギリシャとトルコ同様、キプロスにも猫が多い。

開けっぱなしの玄関からテレビの音が漏れ聞こえ、脇道には懐かしのブラウン管が転がっている。

塀の柵にまで干されていた洗濯物。

トルコ語で新モスクを意味する「Yenicami(イェニ・ジャーミィ)」の敷地内では、ベンチや木の枝に洗濯物が干されており、聖なる場所と日常生活が共存する様が心に残った。

モノクロの景色に浮かぶ、トルコ国旗の鮮やかな赤が目を引く新モスク近隣。

新モスクが建つ前は、1740年までゴシック様式の教会が礼拝の場として使われていた。その名残をわずかにとどめる遺跡や中庭の噴水、建て直された尖塔を見に足を運ぶのもよいだろう。

オスマンの遺産、真四角の「ハン」に見る異文化融合

半円を描くように町を散策したあとは、左右対称の四角い建物「ハン」に立ち寄りたい。オスマン帝国が残したキャラバン宿だ。

「クマルジュラル・ハン(Kumarcilar Han)」は、キプロス最大の「ブユック・ハン(Buyuk Han)」同様、2階は行商人の宿、1階は馬やラクダの休憩や荷物置き場として活用されていた。

交易拠点だったキプロスに導入された隊商宿。

現在は改装を経て、カフェ・レストランや土産店が軒を連ねる。間口の狭い穴蔵のような手工芸品店には、魔除けの目玉やフクロウなど、ギリシャ定番のモチーフやトルコの特産品、ザクロを模した置物などが並ぶ。なかには、「Cyprus(キプロス)」という文字が入っているものも。

トルコから仕入れているという、ブユック・ハンの土産店「ハンディ・クラフト(Handy Craft)」のカシミア・シルク製ストール。

一方、ブユック・ハン外側の店は、ランプやタイル画など、トルコ色の強い品揃えだ。

支払いはユーロでよし。石造りの建物は一部、ベネチア統治時代の面影が残るという。いやはや、こうした歴史と文化の交錯こそが、ニコシアという町の魅力なのだろう。

ボリューム満点のキプロス料理

来たときと同様に検問所を通過し、パスポートにスタンプもなく南側のニコシアへ戻る。そこには変わらぬ“日常”があった。見慣れたブランドのファーストフード店、高層ビル群、大通り。

すべてが整然とし、わずか数分前までバザールの小路をさまよっていたことが、白昼夢のように思える。

イギリスの「カフェ・ネロ」など、外国資本の看板が目を引く、近代的な南ニコシアのエレフテリア広場。

もう一度あの雑踏の雰囲気を求め、エレフテリア広場(Eleftheria Square)近くにある、旧市街のグリルハウス「ペラスマ(Perasma)」へ。

ギリシャとトルコの食文化が融合したキプロス風ケバブを出す、地元民にも親しまれる軽食店だ。 串焼きのケバブ肉「スブラキ(Souvlaki)」を、地中海ならではのレモンとたっぷりの野菜とともにピタパンで包んだ「キプロス・ピタ(Cyprus pita)」を頼む。あまりの大きさに、思わず「これはラージでは?」と尋ねた。

キプロス初のビールブランド「リオン(Leon)」とともに。グラスは北キプロス同様これまたデンマークだが、こちらは南で人気のカールスバーグのもの。

「もちろんスモールですよ!」と明るく答えたのは、注文時に豚・鶏・挽き肉をすべて楽しめる「ミックス(7.5ユーロ=約1200円)」をすすめてくれたスタッフ。

短い滞在で一概には言えないが、トルコ系住民は控えめな印象を受ける一方、ギリシャ系住民は「どこから来たの?」などと、気さくに話しかけてくることが多かった。

ときには日本の接客や町の清潔さを絶賛する、元船乗りのタクシー運転手に出会うことも。ペラスマでは店員が親切にも家族写真を撮ってくれ、サービスも味も申し分なかった。

Perasma(ペラスマ) Rigenis 44, Nicosia 1010, Cyprus https://perasma.cy/#

50メートルほどの緩衝地帯。その見えない境界線を越え、“ふたつのニコシア”を歩く。普段の旅とはひと味違う、印象深い時間になるかもしれない。

キプロス共和国観光副省庁 https://www.visitcyprus.com

北キプロス観光事務所 https://www.welcometonorthcyprus.co.uk

南ニコシア中心地へのアクセス
ラルナカ(Larnaca)国際空港からタクシーで40分。またはシャトルバス(€9・35分)で終点へ行き、20分おきに出る市バス(€2.4・3番・4番)に乗り換え、ソロモス広場(Solomos Square)で下車。そこから徒歩7分でレドラ通りの検問所へ。終点からタクシーなら10分でレドラ通り付近まで行ける。

空港シャトルバス https://kapnosairportshuttle.com/home

文・写真/パーリーメイ
2017年よりロンドン郊外在住のライター。ヨーロッパの観光情報を中心にイギリスの文化、食、酒などについて執筆。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」(https://www.kaigaikakibito.com/)会員。

 

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