取材・文/池田充枝
死絵(しにえ)とは、江戸時代後期に盛んになった浮世絵の一分野で、人気の歌舞伎俳優をはじめ有名人の訃報を知らせる錦絵のこと。
報道と追善を兼ねて刊行されたと考えられていますが、残された人々の慰めにもなっていたのでしょう。悲しいニュースながら、カラフルで機知に富んだ絵が少なくありません。
史上もっとも多く死絵の題材となったといわれる人気俳優の八代目市川団十郎の死絵などを見較べると、現代とは異なる江戸時代の「死」に対する考え方がうかがえます。
江戸時代の死生観がうかがえる展覧会が開かれています。(7月7日まで)
本展では福岡市博物館所蔵の死絵約30点を一挙にご紹介します。
本展の見どころを、福岡市博物館の学芸員、佐々木あきつさんにうかがいました。
「本展のなかで注目される作品をご紹介します。
「死絵 三代目市川門之助」
絵の中には「二代目市川門之助」と書かれています。死絵は、役者の没後急いで刷られるため、このような間違いが多いのです。亡くなった方の名前を間違える…今なら「炎上」案件でしょう。
「死絵 八代目市川団十郎」
八代目市川団十郎は、歴史上もっとも多くの死絵が刷られた人物です。顔よし、芸よし、人柄よしで、人気絶頂の役者だったことに加え、旅先で公演前夜に突如自刃を遂げる、という衝撃的な最期が、世間の憶測を呼んだのでしょう。あれこれ噂が生じ、様々な死絵が刷られました。これは切腹直前の姿が描かれていますが、本当は喉に刀を突きたてて亡くなったたと言われています。噂に尾ひれがつき、その死が理想化されたのでしょう。
「死絵 八代目市川団十郎」
無常の風に吹かれてあの世に旅立とうとする団十郎を、老いも若きも、猫までもが、必死に引き留める図です。彼が生前、どれほど女性に人気だったかがうかがえます。人の死を扱う絵ですが、死を悼む厳粛さよりも、生きている者たちの勢いを感じさせる軽妙なユーモアに満ちています。今なら不謹慎と批判されるかもしれませんが、こういう見送り方もありなのかもしれません。
「死絵 八代目市川団十郎と初代坂東志うか」
八代目団十郎の急死から一年後、彼の相方として人気を博した初代坂東志うかも亡くなってしまいます。相次ぐ人気者の急逝に、二人が死後の世界で再会する死絵が数多く刷られました。雲の向こうに居並ぶ来迎の御仏(あの世からお迎えにきた菩薩など)は、すでにこの世を去ったかつての人気役者たちの似顔絵になっています。
「尾上松緑見立涅槃図」
歌舞伎役者の死を、釈迦の入滅に見立てた絵です。見立涅槃の様式をとる死絵の中では、もっとも古い作例です。仏涅槃図は中世以来「須弥壇に側臥する釈迦」と「須弥壇を取り囲み嘆き悲しむ弟子や動物たち」を描く様式が一般に知られています」
江戸庶民の生死に対する前向きな姿勢が感じられる展覧会です。ぜひ会場に足をお運びください。
※作品はすべて福岡市博物館蔵
【開催要項】
企画展「死絵 ~明るく笑ってさようなら~」
会期:2019年5月8日(水)~7月7日(日)
会場:福岡市博物館
住所:福岡市早良区百道浜3-1-1
電話番号:092・845・5011
http://museum.city.fukuoka/jp/
開館時間:9時30分から17時30分まで(入館は閉館30分前まで)
休館日:月曜日(祝・休日の場合は開館し、翌平日に休館)
取材・文/池田充枝