取材・文/藤田麻希
豊臣秀吉が醍醐の花見を楽しんだことで有名な醍醐寺。京都駅から東南にある笠取山に伽藍を展開する、真言宗醍醐派の総本山です。874年に、理源大師聖宝が開創し、以来1100年余り、天皇、貴族、武士など時の権力者の帰依を受け、真言密教の中心寺院として栄えてきました。
醍醐寺は、15万点にも及ぶ膨大な文化財を所蔵しています。現在、これら醍醐寺の寺宝から国宝や重要文化財など、選りすぐりの100件を集めた展覧会が、東京・サントリー美術館で開催されています。
密教は儀式や祈祷によって願いを叶えていきます。その際、文字では真理は伝わらないと考え、仏像や仏画を本尊として祀ってきました。そのため、醍醐寺には多くの仏像や仏画が伝わっています。
『文殊渡海図』は、醍醐寺にある6件の国宝仏画のうちの一つ。鎌倉時代に描かれました。中央で獅子に乗っている文殊菩薩は、「三人寄れば文殊の知恵」で知られる、知恵をつかさどる仏です。文殊は、善財童子など4人の従者とともに、雲に乗って海を渡り、仏教を広める旅に出ようとしています。眉をひそめて険しい表情を浮かべる文殊、優しい表情の善財童子といった登場人物ごとの表情の描き分けや、それぞれが身にまとう衣服の細かな文様などから、この絵を描いた人物の高い描写力がうかがえます。
上に掲載した如意輪観音坐像は平安時代のものです。理源大師聖宝は、醍醐寺を創建する際、草庵を建て、如意輪観音像と准胝観音像を安置しました。そのため、醍醐寺では如意輪、准胝の両観音が篤い信仰を集めてきました。この像は、聖宝が祀った像そのものではありませんが、当初の根本像に近いといわれているものです。瞑想するような穏やかな表情を浮かべ、装飾もきらびやかで金箔も非常によく残っています。小さいながら密度の高い仏像です。
この展覧会の目玉は、会場の吹き抜けの空間で圧倒的な存在感を放っている、像高180cm近い国宝・薬師如来坐像です。平安時代に醍醐天皇の発願でつくられたもので、厚い胸板とがっしりした体型が特徴です。この像について、醍醐寺公室室長 長瀬福男さんは次のように説明します。
「今回展示しているお薬師さんは、醍醐寺の創建当時から残っている数少ない仏像です。私が皆様方に知っていただきたいのは、この仏像が何度も失われる危機にあったということです。お薬師さんのあった薬師堂は、応仁の乱や昭和10年の山火事など、いろんなことがありましたが、昭和24年の火災のときに燃えそうになりました。薬師堂は檜皮葺ですから、火の粉には非常に弱いです。そのとき上醍醐のお坊さんは、なんとかお薬師さんを守りたいと考え、しかし、非常に大きい仏像で運び出すことは不可能なため、いざとなれば首だけでも落とそうと思われて、ノコを持ってなかに入られたそうです。そのときのお坊さんはさぞ大変だったと思います。幸い助かりまして、いまみなさんに見ていただくことができています。
それ以外の仏さんも僧侶や信徒の力でなんとか守って、奇跡的に難を逃れた大切なものばかりです。展覧会を通じて、そのような背景も感じ取っていただければ幸いです」
美しいか否かという点だけではなく、人々の信仰の対象であったことを意識しながら鑑賞したい展覧会です。
【京都・醍醐寺-真言密教の宇宙-】
■会期:2018年9月19日(水)~11月11日(日)
※作品保護のため、会期中展示替を行います。
■会場:サントリー美術館
■住所:〒107-8643 東京都港区赤坂9-7-4 東京ミッドタウン ガレリア3階
■電話番号:03-3479-8600
■公式サイト:http://daigoji.exhn.jp/
■開館時間:10:00~18:00(金・土は10:00~20:00)
※いずれも入館は閉館の30分前まで
■休館日:火曜日
※11月6日は18時まで開館
取材・文/藤田麻希
美術ライター。明治学院大学大学院芸術学専攻修了。『美術手帖』