取材・文/池田充枝
平面に表された仏の像といえば、絵画を思い浮かべると思いますが、日本では刺繍(ししゅう)や綴織(つづれおり)など「糸」で表された仏の像が数多く作られました。
とりわけ古代では、大寺院の一堂の本尊とされる花形的存在でした。「綴織當麻曼荼羅」(国宝、奈良・當麻寺)や「刺繡釈迦如来説法図」(国宝、奈良国立博物館)はその隆盛のさまを伝える至宝です。
また、糸を繡い、織る行為は故人の追善につながり、聖徳太子が往生した世界を刺繡で表した「天寿園繡帳」(国宝、奈良・中宮寺)が生み出されました。
鎌倉時代以降、刺繡の仏は再び隆盛を迎えますが、その背景には綴織當麻曼荼羅を織ったとされる中将姫に対する信仰がありました。極楽往生を願う人々は、中将姫に自身を重ねて刺繡によって阿弥陀三尊来迎図や種子阿弥陀三尊図を作成しました。
そんな糸のみほとけたちが一堂に会する展覧会「糸のみほとけ ―国宝 綴織當麻曼荼羅と繡仏―」が奈良国立博物館で開かれています(~2018年8月26日まで)。
本展は、綴織當麻曼荼羅の修理完成を記念し、刺繡と綴織による仏の像を一堂に集める特別展です。国宝に指定されている3点が勢ぞろいするほか、飛鳥時代から江戸時代に及ぶ名宝を一堂に会します。また、中国・唐代の繍仏を代表する「刺繡霊鷲山釈迦如来説法図」(大英博物館)が初めて日本で公開されるのも注目です。
本展の見どころを奈良国立博物館の学芸部長、内藤栄さんにうかがいました。
「刺繡や織物は仏を表現する代表的な手法です。七世紀のはじめ、日本人は自ら寺を建て、仏像を造るようになりました。その第一号が飛鳥寺で、ここに最初にまつられた仏像が銅と刺繡の仏でした。奈良時代には巨大な刺繡や織物の仏も誕生します。驚くべきことに、東大寺大仏殿には、大仏とほぼ同じ高さの織物の観音像が二幅も懸けられていました。
奈良・當麻寺の国宝・綴織當麻曼荼羅は、今日に奇跡的に伝わる綴織の大作です。縦横が約四メートルあり、極楽浄土を織り上げています。現在では図柄が見えにくいので、今回部分的な復元を行いました(製作は川島織物セルコン)。織り上がった復元模造を見て、美しさに感嘆の声をあげました。これが四メートル四方に広がったら、どんなに美しいことでしょう。
平安時代、刺繡と織物の仏は急に少なくなります。しかし、鎌倉時代に再び盛んに作られるようになりますが、個人の念持仏多い点が以前とは違います。それを示すように、人の髪を繡いこんだ作品が多く見られます。きっと大切な人の髪を親族が刺繡の仏に仕上げたのでしょう。
この展覧会を企画した当初から、なぜ刺繡や織物で仏を表現したのかがテーマでした。今はこう考えています。一針一針繡うことが仏に近づく作善だったこと、刺繡は針と糸があれば誰でもできたこと、そして完成品が美しいことです。ぜひ展覧会に足を運び、糸のみほとけの世界をお楽しみください」
1500年もの長い年月を経た糸の仏様たち。糸に込められた古人(いにしえびと)の思いが伝わります。
【開催要項】
修理完成記念特別展
糸のみほとけ ―国宝 綴織當麻曼荼羅と繡仏―
会期:2018年7月14日(土)~8月26日(日)
会場:奈良国立博物館 東新館・西新館
住所:奈良市登大路町50(奈良公園内)
電話番号:050・5542・8600(ハローダイヤル)
https://www.narahaku.go.jp/
開館時間:9時30分から18時まで、金・土曜日と8月5日~15日は19時まで(入館は閉館30分前まで)
休館日:月曜日(ただし7月16日、8月13日は開館)
取材・文/池田充枝