取材・文/池田充枝
大和絵と漢画を折衷したような独特の画風で一世を風靡した江戸時代初期の絵師、岩佐又兵衛(いわさ・またべえ、1578-1650)。その代表作のひとつとして知られるのが「浄瑠璃物語絵巻」です。
源氏の御曹司・牛若丸を主人公にした古浄瑠璃の内容を絵画化した12巻の絵巻で、奥州に下る牛若と三河国矢矧宿の長者の娘である浄瑠璃の恋愛譚を中心にした内容です。
浄瑠璃物語は、中世末期には浄瑠璃節として、盲目の法師によって盛んに語られ、都では周知の物語であったようです。長者の館から流れ出る浄瑠璃姫が弾く琴の音に誘われた牛若が、琴に合わせて笛を吹くことからはじまる二人の恋物語は、慶長年間(1596-1615)には操人形と結びついて熱狂的な人気を博しました。浄瑠璃姫の物語を語る浄瑠璃節は、後に義太夫節などに引き継がれていき、また人形浄瑠璃という新しい芸能にも発展しました。
この岩佐又兵衛の「浄瑠璃物語絵巻」全12巻が一挙に公開される展覧会《岩佐又兵衛 浄瑠璃物語絵巻》が、静岡・熱海の「MOA美術館」にて開かれています(~2018年6月5日まで)。
本展では、重要文化財「浄瑠璃物語絵巻」を2014年以来4年ぶりに全12巻展観するとともに、あわせて又兵衛絵巻群のなかで又兵衛の関与が一番深いとされる重要文化財「山中常盤物語絵巻」(第1巻)、重要文化財「柿本人麿・紀貫之図」などの名作が一堂に展示されています。
本展の見どころを、MOA美術館学芸部の矢代勝也さんにうかがいました。
「「浄瑠璃物語絵巻」の見どころの一つに、金箔・金銀泥・緑青・群青などの高価な顔料をふんだんに用いた艶麗な色調による繊細な表現があげられます。
例えば、牛若丸の衣装模様は詞書に従って、右袖には鳳凰、孔雀、浜千鳥、左袖には鴛鴦、燕、肩から背には日本と中国の猿などが細かく描き込まれています。局の襖の画題、浄瑠璃の寝室などの描写も細密で、第4巻の浄瑠璃の部屋に開かれた小さな巻物の中にもぎっしりと文字が書き込まれ、よく見ると『伊勢物語』の「風吹けば」の段と判断できます。
リニューアルしたMOA美術館では、展示室中央の黒漆喰の壁と低反射高透過ガラスを用いることによって映り込みがなくなり、作品があたかも目の前にあるように見え、ディティールをしっかり鑑賞することができますので、お楽しみいただきたいと思います。
「浄瑠璃物語絵巻」をはじめ本展で展示している「山中常盤物語絵巻」「堀江物語絵巻」などの長大な絵巻物は、岩佐又兵衛一人で描けるものではなく、又兵衛が主宰する工房によって制作されたと考えられています。そのため、頬がふくれ頤(おとがい)が長い顔の形や、人物の反り返った手足の表現などは共通していますが、同じ牛若でも場面によって顔貌の描写が異なり、複数の描き手によるものと見てとれるのも面白いと思います。
「浄瑠璃物語絵巻」は「山中常盤物語絵巻」と同様、越前藩主松平忠直の子、光直の養子宣富が転封先となった津山藩主松平家に伝わりました。大名やその妻女らが楽しんだ絵巻物をじっくりご鑑賞ください」
全長70メートルを超える圧巻の絵巻物。会場で雅な恋物語をご堪能ください。
【開催要項】
岩佐又兵衛 浄瑠璃物語絵巻
会期:2018年4月27日(金)~6月5日(火)
開場:MOA美術館
住所:静岡県熱海市桃山町26-2
電話番号:0557・84・2511
http://www.moaart.or.jp
開館時間:9時30分から16時30分まで(入館は16時まで)
休館日:木曜日(ただし5月3日は開館)
取材・文/池田充枝