3年間、全く売れずに沖縄に帰ろうとしたが

上京は1969年だった。当時の東京は学生運動の嵐が吹き荒れており、東大安田講堂では学生と機動隊が衝突した。ボブ・ディランが若者に支持され、街にはフォークソングが流れていた。学生運動は激化し、やがて内ゲバ事件に発展するという暗い雰囲気が街を覆っていた。

一方、アメリカではこの年に20世紀最大級の音楽フェス・ウッドストック・フェスティバルが開催され、アポロ11号が月面に着陸するという、新しい時代が始まる機運に満ちていた。

「東京行きが決まったとき、僕は4年生だったんです。だから、内地(本州)に遊びに行くような感じでしたよ。最初に逗留したのは、九段下の旅館。旅館の人にしてみれば、びっくりしたんでしょうね。沖縄からやってきた家族7人がずっと泊まっており、5人の子供たちが学校に行っていないんですから。いろいろ助けてくれて、近くの小学校への編入手続きについて教えてくれたり、“アパートの方が安いから”と、入居の手続きをしてくれたりしたんです」

正男さんが経営する『いちゃりBar』には、ベイビーブラザーズ時代のシングルも飾られている。これは1970年にリリースしたシングル。身長順に、一夫さん、光男さん、正男さん、晃さん、妙子さん。

当時、沖縄県は米国の占領下。東京に来るのにはビザが必要だった。そして、流通していたのは米ドルの紙幣や硬貨だった。それゆえに、円建ての支払いに、慣れなかったという。

「とにかく人が多くて、ものすごいスピードで歩いていて、ここが東京なんだとびっくりしましたよ」

すぐに、東京近郊の基地での演奏のオファーが入るようになる。横田基地、キャンプ座間、厚木海軍飛行場のほか、当時存在した、ジョンソン基地(埼玉県入間市)など、在日米軍飛行場(東京都立川市)などを回るようになる。

「九段下だと、アクセスが悪いので、東京都東村山市に引っ越しました。基地を回りつつ、1970年に『ベイビーブラザーズ』としてメジャーデビューをしたのもこの頃です。シングルを3枚出したものの、全く売れなかった。このまま音楽を続けても未来がないことを子供ながらに悟っていたんでしょうね。父は“東京に来て3年が経った。今年1972年は沖縄も日本に返還される。このタイミングで帰ろう”と言っていました」

しかし、そこに大きな転機が訪れる。フィリップスレコードのプロデューサーが、5人兄妹のデモテープを聞いたのだ。

「僕たちの子守唄は、R&Bとロックンロール。物心がついてからは、米軍基地で演奏をし続けていました。当時の日本の子供達とは明らかに異質な何かを感じてくださったのかもしれません。東村山市の家をひき払い、沖縄に帰ろうとしている1週間ほど前、“オーディションに来て欲しい”と連絡があったんです。みんなで行くと、広い会議室に背広姿の大人の男性がずらりと並んでいました。そのうちの一人が、有名な作詞家・阿久悠先生で、もう一人が作曲家・都倉俊一先生だと紹介されました」

5人はすでにベイビーブラザーズとしてメジャーデビューしていた。シングルも3枚出している。オーディションなら持ち歌を歌うだろうが、彼らはそうしなかった。

「デビューしてから、僕たちが好きな音楽ができていなかった。おそらくこれが最後だから、一番好きな曲をやろう、と一致団結して、別の曲を演奏したんです。その曲名は全く覚えていないんですよ。確か、ローリングストーンズだったと思います。ただ、練習も楽しく、自分たちの音楽ができているという喜びは記憶しています」

しかし、オーディションはあっけなくも短時間で終了してしまう。誰もが音楽への道の扉は閉じたと思ったそうだ。

「これで、沖縄へ帰るんだろうな、と思った瞬間に、プロデューサーから“とてもいいです。デビューになるでしょう”と言われ、阿久悠先生からもお褒めの言葉をいただき、驚きました。売れない歌手として、3年間も鳴かず飛ばずでどん底だった僕たちが、最後に打ったボールがホームランだったんですから。人生はどうなるかわからないものですね」

そして、翌1973(昭和48)年、デビューシングル『個人授業』がリリースされる。作詞・阿久悠、作曲・都倉俊一、昭和、平成、令和と歌い継がれる名曲で、多くのアーティストがカバーしている。この曲のオリジナルを歌ったのが、フィンガー5だ。このシングルは、100万枚以上を売り上げた。

「グループ名を『フィンガー5(ファイブ)』と命名したのは母です。わかりやすく、親しみやすくいいグループ名ですよね。ここから数年間、記憶がないくらいの多忙な日々が続きます」

【人気絶頂期は小学校時代、学校に1時間も行けないほど多忙な日々が続いた……後編へと続きます】

構成/前川亜紀 撮影/フカヤマノリユキ

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