ある程度の歳になりますと、よほど親しい友人でもない限り、本音で意見してくれたり、苦言を呈してくれる人などいないものです。若い人からも、徐々に敬遠されるようになってきますと、諫言(かんげん)されることもなくなります。ことによると、最も身近な、長年連れ添った伴侶からも、構われなくなっている方もいらっしゃるかも……?
そうなってから始まる“長い老後”と呼ばれる生活にあって、考え方の柔軟さを保ち、激しく変化する社会へ順応するためには、何らかの指針を持っていた方が良いのかもしれません。
温故知新の諺の如く、先人が残してくれた言葉や金言にヒントを得てみては如何でしょう。第3回の座右の銘にしたい言葉は「人事を尽くして天命を待つ(じんじをつくしててんめいをまつ)」です。
目次
「人事を尽くして天命を待つ」の意味とは?
「人事を尽くして天命を待つ」の由来は?
「人事を尽くして天命を待つ」を座右の銘としてスピーチするとしたら?
最後に
「人事を尽くして天命を待つ」の意味とは?
「人事を尽くして天命を待つ」について、『⼩学館デジタル⼤辞泉』では、「力のあらん限りを尽くして、あとは静かに天命に任せる」と説明されています。「人事」とは人間の力でできる事柄を指し、「天命」は天から与えられた運命を意味します。
自分のできること、つまり人間としての努力や責務を全うし、その後は結果を天の意志に委ねるという意味です。この言葉には、私たちが如何にして困難に立ち向かい、未来を待つべきかについての深い洞察が含まれています。
この言葉の根底にあるのは、人間の努力と運命の受容のバランスです。私たちは自らの力で変えられることには最大限努力をし、変えられないことは天の意志、すなわち運命として受け入れる姿勢が求められます。これは、無駄な抵抗を避け、心の平穏を保つための智慧です。
「人事を尽くして天命を待つ」の由来は?
四世紀の中国、東晋王朝の時代。東晋の武将であった謝安(しゃあん)が、攻め込んで来た異民族の大軍をみごとに撃退したことがありました。いわゆる「淝水の戦い」です。王朝の存亡を懸けたこの一戦。できる限りの作戦を駆使して臨んだ謝安の、力の限り闘う姿や、どんな結果であろうとも後悔はないという覚悟。
これを中国の儒学者胡寅(こいん)は『読史管見(とくしかんけん)』という書物で「人事を尽くして天命に聴す(まかす)」と述べています。これに基づき、人間ができることは最善を尽くして、あとは天の定めた運命にまかせる、と言った意味の「人事を尽くして天命を待つ」という言葉が生まれたとされています。
全てを自分の力でコントロールしようとするのではなく、ある程度のことは運命や天の意志に委ねるべきだという考え。この言葉は、特に今日の忙しい生活の中で、我々が直面する多くの挑戦や不確実性に対処するための貴重な教訓を提供しています。
「人事を尽くして天命を待つ」を座右の銘としてスピーチするとしたら?
この言葉を自分の座右の銘として、人生の指針にすることは大変意義深いことです。スピーチや対話の中でこの言葉を引用することで、あなたの深い人生観や哲学を周りの人々と共有することができます。それは、人生の困難に立ち向かう姿勢や、不確かな未来に対する心の準備を示す強力なメッセージとなり得ます。以下に「人事を尽くして天命を待つ」を取り入れたスピーチ例を三つ紹介します。
1:人生の節目においてのスピーチ例
「私が常に心に留めている言葉があります。『人事を尽くして天命を待つ』。これは私たちに全力を尽くすことの大切さを教えてくれますが、同時に、すべての結果は最終的には運命の手に委ねられていることも受け入れるべきだと語りかけています。人生の節目に立ち、新たな旅立ちを前にして、私はこの言葉を胸に刻み、未来への一歩を踏み出そうと思います。」
2:困難に直面したときのスピーチ例
「私たちは人生の旅の中で数え切れないほどの困難に直面します。そんな時、私が力を得るのは『人事を尽くして天命を待つ』という言葉です。全ての力を出し尽くし、それでも越えられない壁があることを知る。そこには、努力の価値と、運命に身を委ねる謙虚さの両方が必要だという教えがあります。この言葉を胸に、私はどんな困難も乗り越える勇気と、時には運命を受け入れる智慧を持つことができます。」
3:成功を振り返るときのスピーチ例
「今日ここで、過去を振り返ると、私の人生は多くの成功と挑戦で彩られていることに気づきます。そんな中で私を導いたのは、『人事を尽くして天命を待つ』という座右の銘でした。この言葉は、目の前の仕事に全力を尽くすことの重要性を常に思い出させてくれました。同時に、最終的な結果は私たちの手の届かないところにあるということも教えてくれました。このバランスが、私の成功の鍵であり、今後も生かしていきたいと思います。」
最後に
「人事を尽くして天命を待つ」。この言葉には、私たちが日々の生活の中で直面する様々な挑戦や困難に対して、どのように向き合い、乗り越えていけば良いのかというヒントが込められています。それは、積極的に努力をし、同時に全てをコントロールすることはできないという現実を受け入れる智慧です。中高年の皆様にとって、この言葉が人生の豊かな経験をさらに深め、心に平穏をもたらす一助となれば幸いです。
●執筆/武田さゆり
国家資格キャリアコンサルタント。中学高校国語科教諭、学校図書館司書教諭。現役教員の傍ら、子どもたちが自分らしく生きるためのキャリア教育推進活動を行う。趣味はテニスと読書。
●構成/京都メディアライン・https://kyotomedialine.com