取材・文/ふじのあやこ
近いようでどこか遠い、娘と家族との距離感。小さい頃から一緒に過ごす中で、娘たちは親に対してどのような感情を持ち、接していたのか。本連載では娘目線で家族の時間を振り返ってもらい、関係性の変化を探っていきます。
「家の庭で大好きなガーデニングをする楽しそうな母親の姿を見ると、私も嬉しくなってしまいます」と語るのは、真希さん(仮名・39歳)。彼女は現在、都内の貿易関係の企業で英語を使った仕事をしています。丁寧な言葉遣いに、話を伺っている間ずっと姿勢も正しいまま。両親のことを終始笑顔で大切そうに話すところからも、真希さんの育ちの良さを感じます。
門限は18時、就寝は21時。お菓子も母親の作ったものしか食べてはいけなかった
真希さんは神奈川県出身で、両親と2歳下に妹のいる4人家族。両親は上京後に出会い、結婚に至ったそうで、両親とも関東出身ではなく、親族も地方にいると言います。
「両親はお互いが仕事で上京してから出会ったと聞いています。父が福島県、母が九州出身で、親族も関東にはいません。それに両親とも親が離婚しているので、そこまで親族で集まることもなかったですね」
父親はサラリーマン、母親は専業主婦といった普通の家庭だったものの、どちらも過剰なくらいの心配性で、小さい頃からさまざまなことに制限があったそう。
「小学校5年生くらいまで一般道は交通事故に巻き込まれたら危ないと、1人で歩くことは禁止されていました。それまでは親が迎えに来てくれていたり、集団で登下校をしていたり。6年生まで門限は18時で、21時までに寝ないといけなかったから、学校で友人たちのドラマやバラエティー番組の話にはまったくついていけなかったですね。
それにファーストフードも禁止されていて、お菓子は母親が家で作ってくれた無添加のものだけ。母親の手作りはおいしかったんですが、みんなと同じものを食べたくてしょうがなかったです。遠足などで持参するお菓子のみ外で買ったものが許されていたので、学校行事を密かに楽しみにしていたぐらいです」
何かを強要された記憶は一切なし。どんなに忙しくっても子供たちを優先してくれる両親だった
両親は教育にも力を入れていたそうで、塾に通い始めたのは小学校5年生から。さらには英会話スクールにも通っていたとか。
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