文/中村康宏
がんは日本人の死因の第1位で、年間の死亡数は約36万人。日本人の総死亡数の30%を占めています(※1)。前回の記事で、一般的な病気の発症には「遺伝要因」と「環境要因」の両方が関わる(あなたの発病リスクは?医師が教える「遺伝子検査」でわかること)と紹介しましたが、がんの発症についてはライフスタイルの関与が注目されています。
具体的には、食べ過ぎ、脂肪や食塩の過剰摂取、食物繊維不足、飲酒、喫煙、運動不足などの生活習慣が、がん発症のリスクを上げる要因になっていることが、研究により明らかになっています(※2)。
そこで今回は、多くの研究の成果をもとに、がんに結びつきやすい生活習慣の特徴について解説します。これを知れば、反対にがんリスクを下げる生活習慣の心得もおわかりいただけるでしょう。
がんは生活習慣病
アメリカ中西部のユタ州には、口腔、咽頭、肺、食道、膀胱など「喫煙」と関係したがんが大変少ないことが知られています。その理由については、この地域の人口の約70%を、喫煙や飲酒が厳しく禁じられているモルモン教徒が占めていることにあると考えられています。
また、中国河南省の林県地方では、人口の20%が食道がんで死亡しますが、この地方のニワトリにも食道がんが多発しています。これは人間が食べた残飯をそのままニワトリが食べる習慣があるため、人と同じがんができると考えられています。
このように、生活習慣ががんの発症に大きく影響を与えていることは、多くの研究から明らかになっています(※3)。では個別にひとつずつ、見ていきましょう。
タバコ
タバコには、ニコチン、タール、一酸化炭素などの有害物質が200種類以上(発がん物質は約60種類)含まれています。75歳までにがんになる確率は、非喫煙者では約20%、喫煙者では約32%と、喫煙者は非喫煙者と比較して約1.6倍がんになりやすいと推定されています(※5)。
一方、タバコを10年以上やめた人は、肺がんやその他のがんの危険性が減少するため、禁煙の開始が早いほど良いことがわかっています。さらに、がんの発病を遅らせる効果は禁煙だけで30%あるとされており、禁煙することががん予防の基本と言えます。
飲酒
適度な飲酒は心筋梗塞のリスクを下げるなど、カラダにいい効果をもたらすことがわかっています。がんに関しては、1日当たり日本酒なら1合、ビールなら大瓶1本以内の量なら発がんリスクを上げることはないと言われています(※6)。しかし、それ以上は飲酒量が増えるほどリスクが上がる傾向にあります。
また、飲酒と喫煙を同時にすることによって発がんリスクが増強されることも研究で示されています。お酒を飲むときは喫煙や受動喫煙を避けることが重要です。
運動
運動には、肥満の解消、免疫機能の増強などがん予防が期待できるさまざまな効果があります。統計研究においても、身体活動量が多いグループほどがんのリスクは低くなるという明らかな関連が認められ、日常生活を活動的に過ごすことは、がん予防の有効な方法のひとつと考えられます(※7)。
座って仕事をしている人は、1日合計60分程度の歩行などの適度な身体活動に加え、週1回程度の活発な運動(30分程度のランニングなど)を加えるとよいでしょう。
食事
食品とがんとの関連については、未解明の部分が多いですが、「塩分」と「加工肉や赤肉(牛・豚など)」を多く摂取するグループや、野菜や果物不足のグループでは、がんのリスクが高いことがわかっています。
食塩の1日摂取量は5〜6g未満、赤肉は週500g(生肉換算で約630g)未満、野菜・果物は,1日合計400g以上の範囲で摂取することが推奨されています(※8)。
日本食には、漬物や干物など食塩を多く含む食品が多く、それらを日常的に摂取する日本人は、塩分摂取過剰になりやすい傾向があります。しかし日本食は肉が少なく野菜が多く栄養素が偏らないため、塩分に気をつけてさえいれば食生活に取り入れることはカラダによいと言えます。
発がん物質
食事を通して、発がん物質摂取のリスクもあります。生活に関連ある発がん物質としては、ピーナッツなどに付着するカビによる「アフラトキシン」、コーヒー豆に付く「ステリグマトスチン」、小麦や大麦につく「シトリニン」などがあります。そのほかには、焼き肉や焼き鳥・焼き魚などの焼け焦げにできる「トリプP-1」や「メチルIQ」、水道水に含まれる「トリクロロエチレン」などが身近なものです。
発がん物質には強いものと弱いものがあり、アフラトキシンを「1」とすると、トリクロロエチレンは「1/1,000,000」などと、発がん物質の強弱に大きな違いがあります。ですから、「発がん物質かどうか」より「発がん性が強いかどうか」に着目する必要があります(※4)。
適正体重
肥満はがんのリスクを上げることが明らかになっています。肥満になると、脂肪組織での活性酸素産生が増えると同時に抗酸化作用が低下し、酸化ストレスが亢進します(※9)。
さらには、がんの発生を促すといわれている「二次胆汁酸」をつくる腸内細菌が腸内に増えます。これが肝臓に運ばれ、肝臓の細胞を傷つけて炎症やがんの発生につながる「SASP」という現象を起こすことが分かっています(※10)。
一方で、やせすぎも栄養不足で免疫力が弱まり、がんのリスクを高めると言われています。
* * *
以上、今回は科学的根拠が明らかとなっている「生活習慣に関するがんリスクと予防のポイント」について解説しました。
がんの発生には食事や運動などの生活習慣的要素が強く関わっているため、生活習慣を改善し、維持することが重要です。
がんの発病を遅らせる効果は、禁煙で30%、食生活の工夫で30%と推察されているので、継続した努力を心がけましょう。また定期的に検査を受けることもお忘れ無きように!
【参考文献】
※1.厚生労働省
※2.World Cancer Research Fund&American Cancer Institute for Cancer Research
※3.日本未病システム学会雑誌 2003; 9: 99-108
※4.J Occup Health 2014; 56: 332-8
※5.Jpn J Clin Oncol 2005: 35; 404-11
※6.J Epidemiol Community Health 2012: 66; 448-56
※7.Am J Epidemiol 2008; 168: 391-403
※8.Dietary Guidelines for Americans
※9.J Clin Invest 2004; 114: 1752-61
※10.Nature 2013; 499: 97-101
文/中村康宏
医師。虎の門中村康宏クリニック院長。アメリカ公衆衛生学修士。関西医科大学卒業後、虎の門病院で勤務。予防の必要性を痛感し、アメリカ・ニューヨークへ留学。予防サービスが充実したクリニック等での研修を通して予防医療の最前線を学ぶ。また、米大学院で予防医療の研究に従事。同公衆衛生修士課程修了。帰国後、日本初のアメリカ抗加齢学会施設認定を受けた「虎の門中村康宏クリニック」にて院長。未病治療・健康増進のための医療を提供している。