文/松村むつみ

生活のリズムが乳癌発症に影響する? スマートフォンの光も要注意?
乳がんの発症リスクには、生活習慣、ホルモン治療、マンモグラフィでの乳腺濃度など、様々なものがあります。生活習慣の面に関して、比較的よく知られているものとしては、運動不足と肥満(特に閉経後)や飲酒、喫煙などがあります。生活習慣を改善することが予防に役立つのであれば、そうするにこしたことはありません。最近では、夜に寝て、朝起きる生活のリズム(これをサーカディアンリズムといいます)が、乳がんの発症と関わっていることがわかってきています。

以前から、夜勤など、昼夜逆転のシフトで働いている人や、客室乗務員などの不規則な業務に従事している人の乳がん発症率が高いことが言われてきました。

乳がんのみではなく、男性の前立腺がんも、不規則な生活の影響を受けると言われています。いずれも、ホルモンの関わるがんということが共通しています(サーカディアンリズムと関連のあるがんとして、乳がん、前立腺がんはよく挙げられますが、膵がんや肺がん、肝がんなど、他のがんとも関連があることが示唆されています)。

また、WHOの外部機関である国際がん研究機関(IARC)は、2010年に、発がん性がおそらくある(probably carcinogenic)という分類にシフト勤務を挙げています

ではなぜ、夜勤や不規則な生活によって乳がんや前立腺がんのリスクが上がるといわれているのでしょうか。それには「体内時計」が関わっています。

2017年のノーベル医学・生理学賞は「体内時計」を司る遺伝子を発見したホール氏、ロスバシュ氏、ヤング氏に授与され、その際にサライ. jpでも、体内時計が健康に与える影響についての記事が執筆されています。彼らの貢献により、わたしたちが日夜行っている、「朝起きて、夜寝る」というごく普通の行動にも、遺伝子による裏付けがあることがわかりました。それらの遺伝子には、哺乳類では”Period” “Clock” ”Cry”などがあります。

また、最近では、6月12日に、京都大学が体内時計のリズムを刻むのに必要なスイッチとなるDNA配列を発見したと発表しました。

体内時計を司る遺伝子や、それにより産生されるタンパク質により、ホルモンの産生も影響を受けます。ホルモンの中でも、脳の松果体という場所で分泌され、睡眠を司るメラトニンというホルモンが、がん発症の抑制、性ホルモンのバランスに関わっていることが示唆されています。また、体内時計を司る遺伝子にも、Per2など、がんの発症を抑制する働きがあるものがあることもわかってきています。

「光」の重要な役割

体内時計には、目を通して光を知覚することが大きな役割を果たしています。朝起きて光が目に入る場合、正常に体内時計がセットされますが、仕事や不規則な生活により、夜に大量の光を浴びてしまうと、体内時計が狂ってしまい、ホルモンのバランスも崩れ、肥満や心疾患、がんなどの病気が多くなると指摘されています。また、光を感知しない盲目の女性では、夜に光を浴びても、がんの発症率は上昇しないという報告があります。

看護師や、客室乗務員では乳がん発症率があがる可能性

これまでの研究で明らかになっているのは、夜勤シフトのある看護師で乳がん発症率があがることや、不規則な仕事を余儀なくされる客室乗務員が乳がんのリスクが高くなるということです。

アメリカでは、看護師を対象とする大規模な研究が行われ(NHS Ⅰ, Ⅱ)、7万人以上の対象者を10年以上観察したところ、夜勤のあるシフトに従事した年数が長いほどリスクが上昇するという結果になりました(NHS Ⅱでは、夜勤に20年以上従事した看護師の乳がん発症リスクは1.79倍でした)。

また、客室乗務員に関しても研究が行われてきました。客室乗務員は、飛行機に乗ることで放射線を浴びるので、乳がんの頻度上昇は、不規則な生活リズム、放射線被曝の両者が影響している可能性があるのではないかと考えられています。

また、昼の勤務と夜勤とをこなしていた人はがんの発症が増えるというデータが多いですが、夜勤のみをしている人は発症率の上昇がないと報告され、夜勤そのものよりもリズムの乱れによる影響が示唆されています。

これまでの研究では、夜勤などのシフトワークと乳がんとの関連性を示す結果が多く出ていますが、中には相反する結果が出ている研究もあり、さらなる研究が必要と考えられています。

夜間に携帯などを見続けることはリスクになる?

睡眠のリズムが狂うのは、何も仕事ばかりではありません。体内時計のリズムを形成するのに、光が重要であることがわかっており、光を感じない盲目の女性では、がんのリスクが上昇しないという報告があります。仕事をしなくても、夜間に光を浴びて起き、不規則な生活を送るだけでもリスクになる可能性があります。

イスラエルの研究で、2017年、都市部では夜間光の強い地帯に住むと乳がん罹患が上昇するという報告がなされました。

また、同年、夜間光が乳がんや前立腺がんなどのリスクを上昇させるかを調べたスペインの研究が発表され(夜勤シフトについたことのある人々を除外した研究)、夜間光(ブルーライトを多く含む)を浴びた人々において、乳がんや前立腺がんの罹患リスクが上昇すると報告されました。

これまで述べてきたように、乳がんの発症には、生活のリズムがかかわっていると言われており、生活のリズムを改善することは、発症リスクを下げることに貢献するかもしれません。

しかし、同じように「リスク上昇」といっても、1.2倍、2倍、4倍ではまったく内容が違います。夜勤のある仕事をしたからといって、あるいは、不規則な生活をしたからといって必ずがんになるというものでもありません。また、生活リズムの他にも、肥満になりやすい食生活などの、リスクを高める要因はあり、全体的なバランスが大切であると言えます。

あまりにも、「生活リズムをあらためなくては」と思いつめすぎると、ストレスをためてしまい、食生活が乱れる可能性もあります。いずれの生活習慣も、それ単独で決定的な影響をもたらすというよりは、普通よりもやや発症の確率が上がるといった程度のことが殆どです。生活習慣を正すにこしたことはないものの、それによるストレスが発生する可能性もあるので、どの程度のリスクであるかの情報を得つつ、自分で考え、バランス良く決定することが必要になってきます。メディアにおける医師や医療ジャーナリストの役割は、正確な情報をわかりやすく提示して、皆さんの自己決定を助けることにあると、個人的には思っています。

【参考文献・サイト】
乳がん診療ガイドライン 疫学・診断編 2018年
IARC https://monographs.iarc.fr/agents-classified-by-the-iarc/
久保達彦「交替制勤務の発がんリスク評価に関する時間生物学の進展」時間生物学 Vol 19. No.1
Stevens RG et al. “ Electric power use and breast cancer: a hypothesis .” Am J Epidemiol. 124(4):556-61, 1987
Hill et al. “ Melatonin: an inhibitor of breast cancer” Endocr Relat Cancer.22(3):R183-204. ,2015
Megal SP et al. “ Night work and breast cancer risk:a systematic review and meta-analysis.” Eur J Cancer41 (13) :2023-32
Schernhammer et al. “Rotating night shifts and risk of breast cancer in women participating in the Nurses’ Health Study” J Natl Cancer Inst. 93(20) 1563-1568, 2001
Schernhammer et al. “Night work and risk of breast cancer” Epidemiology. 17(1):180-111, 2006
Keshet-Sitton et al. “Light and the City: Breast Cancer Risk Factors Differ Between Urban and Rural Women in Israel.” Integr Cancer Ther. 16(2):176-187.,2017
Garcia-Saenz et al. “Evaluationg the Association between Artificial Light-at-Night Exposure and Br east and Prostate Cancer Risk in Spain (MCC-Spain study) Environ Health Perspect.  23;126(4):047011.,2018

松村むつみ文/松村むつみ 放射線診断専門医 核医学専門医 日本乳癌学会認定医 医学博士
1977年 愛知県生まれ。2003年名古屋大学医学部医学科卒。国立国際医療研究センターにて初期研修。外科医を経て、2009年 より横浜市立大学にて乳房画像診断、PETを中心に画像診断を習得。2017年より、フリーランスの画像診断医となり、神奈川県内の大学病院や、複数の病院で、乳腺や分子イメージングを中心に画像診断を行う。医師業の傍ら、医療ジャーナリストとして、医療制度やがん、日本の医療の未来を中心とした記事の執筆も行う。プライベートでは、非医療職の夫、2人の子どもがいるワーキングマザー。

 

 

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