奈良は日本の原型ともいうべき古代文化が発展した地である。「まほろば」と呼ばれた豊かさが今も息づき、奈良を歩くことで心の安寧を得る。華やいだ桜の季節もいいが、秋の奈良には静かな落ち着きがある。さあ大和路へ。
【暮秋の大和路散歩1】
平城京・一条大路の名残を古刹を巡りながら漫ろ歩く
近鉄奈良駅から歩くこと約18分で、東大寺転害門に至る。
東大寺の西北に位置し、堂々たる風格を持つ転害門は、東大寺でも数少ない奈良期の建築物で国宝である。この転害門を背にして西へまっすぐ伸びているのが旧一条大路だ。転害門から法華寺までを佐保路、法華寺から西大寺までを佐紀路と呼び、史跡の多い道である。
旧一条大路を歩き始めてすぐに、右側に見える青々とした杜が佐保山南陵。奈良の象徴である大仏の建造を発願し、開眼供養を盛大に催した聖武天皇の陵とされる。遥拝所までの道が清々しい。
さらに西に行き、法華寺の手前を北に進めば名刹、海龍王寺がある。可憐ともいえる小さな寺院だが、本堂の佇まいは気品があり、見ていて飽きることがない。
海龍王寺の歴史は古く、平城京が遷都される前の飛鳥時代に土師氏の氏寺として建立された。その後、藤原不比等と邸内の寺となり、さらに光明皇后宮となる。「海龍王寺」という寺名を与えたのは夫の聖武天皇で、平城京内道場として修行の場となった。境内の西金堂に安置される国宝の五重小塔は、奈良時代の建造で現存する唯一の五重塔だ。調和の美の結晶だ。
【海龍王寺】
奈良市法華寺町897
電話:0742・33・5765
拝観9時~16時30分
拝観料400円
海龍王寺の北に位置する濠に囲まれた古墳がウワナベ・コナベ古墳。この古墳は5世紀のものと考えられるが、住宅地の中に突然古代が出現して目を見張らせる。これが奈良の町歩きの面白さだ。
■尼寺のたおやかさが匂う寺
ウワナベ・コナベ古墳から徒歩約15分で、法華寺に至る。
法華寺は光明皇后の発願になる寺。日本総国分寺の東大寺に対して、日本総国分尼寺として創られた。光明皇后は仏教に篤く帰依し、民衆の幸福を祈願した。風呂で千人の衆生の垢を流し、困窮者を救ったという伝説が残る。その浴室(からふろ・明和3年〈1766〉再建)が境内にあり、皇后の功徳を直に感じることができよう。
重厚な屋根が印象的な本堂は慶長6年に再興されたもの。安置されるご本尊は国宝の十一面観音。光明皇后の姿を写したと伝えられ、蓮の花と葉を交互にあしらった光背は珍しい。境内には約750種類の植物を集めた華楽園や18世紀民家を移築した光月亭がある。
【法華寺】
奈良市法華寺町882
電話:0742・33・2261
拝観9時~17時閉門
拝観料:本堂500円、華楽園300円
佐保路・佐紀路散策の昼食は法華寺近くの『竹中豆腐工房』で。名物は目の前で作った豆腐を食す「できたて豆腐」。凝固したばかりの豆腐はふくよかな豆の味がする。まだ創業3年目の若い店だが、北海道産の大豆トヨマサリや海水生ニガリを使用するなど、丁寧で意欲的な姿勢がうかがわれる。
■現在も復元作業が進行中の平城宮跡で、その広さを実感
昼食処から徒歩約10分で、平城京跡に至る。
平城京は和銅3年(710)に飛鳥に近い藤原京から遷都した。唐の長安をモデルに都造りが行なわれ、南北約5km、東西約6kmが整備された。平城京の広さを実感するには北側に復元された第一次大極殿に昇ってみるのがいい。ここから平城宮跡が一望され、平成10年に復元された朱雀門を遥かに見ることができる。
この広い平城宮跡で見るべきものは、天皇の玉座「高御座」が鎮座する第一次大極殿。東側に張り出した東院庭園。平城宮発掘の状態をそのまま見ることのできる遺構展示館。奈良文化財研究所の研究成果を展示した平城宮跡資料館だろう。各施設には無料のボランティアガイドがいて、丁寧な説明をしてくれるのがありがたい。資料館で散策マップが手に入る。
■官能美の極致・秋篠寺伎芸天
平城宮跡の北西に位置するのが秋篠寺だ。東門を入った庭で、緑色の見事な苔の美しさを堪能したら、本堂へ。実は秋篠寺の来歴はよく判っていない。そこがまた神秘を誘う。鎌倉期に再建された本堂は国宝だ。本堂内に安置された伎芸天像は立ち姿が優美かつ官能的で多くの人を魅了している。
秋篠寺から徒歩約25分で、西大寺に着く。
特大の茶碗で茶を喫す大茶盛式で知られる西大寺は、南都と七大寺のひとつとして東大寺と並ぶ大寺院だった。堂宇110余を誇ったが、平安期に衰退し、鎌倉時代に復興した。現在の本堂は江戸中期の建造である。本堂前の東塔跡礎石が栄華の名残を映す。静かな境内は散策の疲れを癒すのにいい。
以上、今回は東大寺から西大寺まで、平城京・一条大路の名残を古刹を巡りながら漫ろ歩くコースをご紹介した。参考にして、古の「佐保路・佐紀路」を歩いてみてはいかがだろう。
※この記事は『サライ』本誌2016年11月号より転載しました。(取材・文/北吉洋一 撮影/小林禎弘)