取材・文/関屋淳子
1300年という悠久たる時間が町のそこここに見え隠れする奈良。歴史ある町並みのなかにある町屋で、暮らすように滞在したい。そんな趣ある時が過ごせる、奈良周辺の町屋の宿を紹介する。
※この記事は『サライ』本誌2016年11月号より転載しました。肩書き等の情報は取材時点のものです。(取材・文/関屋淳子 撮影/宮地工)
■1軒目:奈良町家 和鹿彩別邸(奈良市北半田東町)
――奈良格子に囲まれ佇む東大寺お膝元の宿
東大寺の西に位置する『ホテルニューわかさ』の別館として平成26年に開業した『奈良町家 和鹿彩(わかさ)別邸』。黒壁に、独特の太い奈良格子、通り庭を思わせる入口からの通路など、奈良町屋を踏襲する造りで旅人を迎えている。
1階は食事処となっており、太い梁が巡らされる広々とした空間。土間部分には竈が新設されている。
「ゆくゆくは、この竈でご飯を炊いて皆様に召し上がっていただきたいと思っています」と、専務の下谷直広さん(34歳)は言う。
客室は2階から4階にあり、全10室。基本は和室で、陶器製の露天風呂を備える部屋や檜の内湯付きなど、それぞれ趣が異なる。やはり部屋には、奈良格子をあしらったり、僧侶の袈裟として発展した奈良晒を用いた障子を配するなど、随所に古都の佇まいを感じる。
4階には展望大浴場があり、ここからの景色は驚くばかり。なんと入浴しながら大仏殿の大屋根や若草山が眺望できるのだ。
「これほど間近に、大仏殿を湯船から楽しめるのは奈良で唯一だと思います。このあたりは高層の建物の建築ができない場所ですので、この景色は天平の時代から変わらぬ風景です」(下谷さん)
毎年1月に行なわれ、奈良に早春を告げる風物詩・若草山の山焼きも、この宿からは手に取るように眺めることができるという。
夕食は日本料理の技法を駆使した「大和懐石料理」。コースの最初には奈良の名産である柿の葉寿司、柚子巻き柿、“古代のチーズ”ともいわれる「蘇」が並ぶ。
前八寸は、鯛小袖寿司や蟹筒巻きなど、どれも美しく、彩り豊か。デザートまでの11品は質量ともに満足でき、「貴仙寿吉兆」 など、すっきりした飲み口の奈良の地酒とよく合う。朝食にはほうじ茶で炊いた郷土食・茶粥も用意する。
宿名の「わかさ」は、東大寺二月堂のお水取りの「若狭井」から命名。東大寺のお膝元で、奈良情緒を伝えている。
【奈良町家 和鹿彩別邸】
住所:奈良市北半田東町1
電話:0742・23・5858
料金:1泊2食付き2名1室で、ひとり2万5000円~
チェックイン15時、チェックアウト10時 全10室。
アクセス:近鉄奈良駅東口1番出口から徒歩約10分、または車で約3分。JR奈良駅から車で約7分。
Webサイト:http://wakasa-bettei.com/
■2軒目:奈良町宿 紀寺の家(奈良市紀寺町)
――100年前の町屋を快適な宿に再生。手作りの朝食が、住民気分にしてくれる
約100年前の町屋を”今の暮らしに馴馴染む家“として再生させた『奈良町宿 紀寺の家』。宿がある紀寺町は、元興寺を中心とする古い町並みが残る「ならまち」の南東に位置し、よそ行きではない、普段の顔を垣間見ることができる地区である。この宿を設計した建築設計事務所の所員であり、管理者である藤岡俊平さん(34歳)は次のように話す。
「ここは私が生まれ育った町です。7年前に東京から奈良に戻ってきたときに、愕然としました。この周辺にあった古き良き木造の住宅が次々と空き家になり、取り壊されていたのです。そこで、建築家として町屋を修復し、その暮らしを体験して、木造建築の良さをってもらいたいと思いました」
全5棟のうちのひとつ、「通り庭の町家」は玄関を入るとすぐにくぐり戸があり、その先に吹き抜けの土間の通り庭が続く。かつて竈で煮炊きをした場所には、IHクッキングヒーターや電子レンジなどがある簡単なキッチンが備わる。寝室と6畳和室、玄関脇の小部屋、高野槙の湯船の浴室、奥には小さな庭がある。
よく見ると古材は磨きすぎずに傷を残したまま使用。柱には背比べをした跡も残り、人のぬくもりを感じる。天井の杉板は古材を組み合わせたモダンな縞模様。冬は土間にも床暖房が入り、現代の生活に合った利便性も備わっている。
宿泊は朝食付き。その朝食は、おかもちで運ばれてくる。
「お客様のお邪魔をしないようにお持ちします。豪華ではありませんが、一汁三菜、すべて手作りです」(藤岡さん)
朝の光の中で、テーブルに朝食の準備をする。お櫃からご飯をよそった瞬間、奈良の住人になった気分を感じた。
【奈良町宿 紀寺の家】
住所:奈良市紀寺町779
電話:0742・25・5500
料金:1泊朝食付きひとり1万8000円~
チェックイン16時、チェックアウト11時 全5棟
アクセス:近鉄奈良駅から「天理駅」「下山「」窪之庄」行きのバスで約5分、「紀寺町」下車徒歩約3分。
Webサイト:http://machiyado.com/
■3軒目:嘉雲亭(橿原市今井町)
――箱階段を上がって客室へ、古き良き時代の暮らしを体験
橿原市今井町は中世の環濠集落(※戦国時代の戦乱から集落を守るために、堀を巡らせて外敵に備えた。)を発祥とし、一向宗道場を中心とする寺内町として発展。江戸時代中期には幕府天領の自治都市として賑わった。現在も約500棟の伝統的建造物があり、そのまま時代劇の舞台になるような町並みが残されている。
この町並みの中に、9年前に初の宿泊施設として誕生したのが『嘉雲亭』。築約300年の呉服屋の旧家を利用したものだ。
「日帰り散策ではわからない、今井町の雰囲気を楽しんでいただきたいですね。旧来の間取りをそのまま活かして、宿にしています。冬は火鉢と炬燵、夏は蚊帳で、古き良き暮らしを体験してください」
こう話すのは亭主の杉村嘉國さん(68 歳)。もともと町人以外の外部の侵入を拒絶した今井町。杉村さんは宿泊客に宿泊証明書を渡す粋な計らいもしている。
漆喰の白壁に格子戸、袖壁という建物の玄関を入ると、商家らしい商いの場・店の間が広がる。誘れて奥へ進み、箱階段を上がった2階が客室だ。畳にごろりと寛げば、涼やかな風が通り抜ける。町で暮らす人の気配、煮炊きの匂い、往来の足音……。肌で感じる情景に、心が時代を遡る。
【嘉雲亭】
住所:橿原市今井町2-8-25
電話:0744・23・0016
料金:1泊朝食付きひとり5000円~
チェックイン15時、チェックアウト10時 全2室。
アクセス:近鉄奈良駅から大和西大寺駅乗り換えで約45分、八木西口駅下車、徒歩約5分。
Webサイト:http://www.kauntei.com/
■4軒目:旅宿 やなせ屋(五條市本町)
――数寄屋建築の離れと土蔵を改修。格式とモダンを兼ね備えた2棟
平成22年、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定された五條市の五條新町通り。吉野川に沿うように走る通りには江戸時代初期から明治・大正・昭和の民家を見ることができる。
大正期の数寄屋建築の離れと、土蔵を改修し、2棟の宿泊施設としているのが『旅宿 やなせ屋』である。離れは1階に和室と檜風呂の浴室、2階にはリビング・ダイニングが広がる。手の込んだ欄間や釘隠しの意匠に、格式の高さを感じる造りだ。重厚感漂う蔵にはモダンなリビングと、落ち着いた寝室があり、隠れ家の趣。基本は素泊まりだが別途朝食の用意や、和食処『五條源兵衛』での夕食プランもある。
五條の活性化事業などを進め、宿の運営をする北山和生さん(66歳)は次のように話す。
「来春、関西国際空港と五條市方面を繋ぐ京奈和自動車道が開通し、車で約1時間の距離になります。五條の良さをもっと多くの方に知っていただきたいと思います」
五條を拠点に吉野や高野山へお参りに行く。そんな旅の計画も可能にする宿である。
【旅宿 やなせ屋】
住所:五條市本町2-7-3
電話:0747・25・5800
料金:1泊2名で2万4000円~(蔵)、1泊2名で3万円~(離れ)
チェックイン15時、チェックアウト10時 全2棟。
アクセス:JR奈良駅から桜井線・和歌山線で約1時間20分、五条駅下車、徒歩約15分。
Webサイト:http://yanaseya.info/
※この記事は『サライ』本誌2016年11月号より転載しました。肩書き等の情報は取材時点のものです。最新の情報はWebサイト等でご確認ください(取材・文/関屋淳子 撮影/宮地工)