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旅行

【入江泰吉が見た奈良・大和路を歩く】第2回 写真家の心を惹き付けてやまない東大寺の伽藍と御仏たち

「東大寺南大門金剛力士像(吽形)」。入江泰吉が最後に撮影した仏像。 (1991年)

「東大寺南大門金剛力士像(吽形)」 (1991年)。入江泰吉が最後に撮影した仏像。


戦後、ひたすら奈良・大和路の風景、仏像、行事などを撮り続けた写真家、入江泰吉(いりえ・たいきち 1905~1992)。その後の写真界に多大な影響を与えた彼の作品は、入江泰吉記念奈良市写真美術館に保存・展示されている。現在、同美術館では入江泰吉生誕110年を記念して『回顧 入江泰吉の仕事』展を開催。戦前の文楽の写真から亡くなる直前の作品まで、全127点が鑑賞できる。その中から代表的な作品を取り上げ、入江泰吉の活躍の軌跡と大和路の知られざる魅力を案内する。

 

東大寺大仏殿裏の講堂跡で撮影の合間にくつろぐ入江泰吉。元気な時はいつも煙草を手離さなかった。

東大寺大仏殿裏の講堂跡で撮影の合間にくつろぐ入江泰吉。元気な時はいつも煙草を手離さなかった。

下絵06

東大寺周辺の地図


東大寺の境内は自分の庭のようなもの

入江泰吉は幼少時代を奈良市水門町で過ごした。そこは旧東大寺の境内で、家の前の道を北に進めば、東大寺戒壇堂へ至る石段がある。入江はその何気ない石段を、ふるさとの原風景として気に入っていた。

東大寺には外界と隔てる塀がない。付近を散策していると知らない間に境内に入りこんでしまう。そんな東大寺は、入江にとってまるで自分の庭のような遊び場であった。

昭和20年(1945)、大阪の家を空襲で失った入江は、失意のうちに奈良へ戻ってくる。そして、しばらくして、幼少期に慣れした親しんだ水門町に居を構えた。まるで東大寺と太い糸で結ばれているかのように。

東大寺戒壇堂下の石段。入江はこの石段を何度も上り下りした。(撮影=牧野貞之)

東大寺戒壇堂下の石段。入江はこの石段を何度も上り下りした(撮影/牧野貞之)


重源と公慶の再建活動

東大寺といえば誰もが大仏を連想する。正式名は毘盧遮那仏(びるしゃなぶつ)または盧舎那仏(るしゃなぶつ)という。仏教の宗派である華厳宗(けごんしゅう)の中心をなす仏である。

この仏は全宇宙の中心にいて、大きければ大きいほど仏としての力が強いとされた。東大寺を創建した聖武天皇は、この大仏で国家の発展と民衆の安寧を実現しようとした。

大仏殿の起工は天平19年(747)。5年後の天平勝宝4年(752)に大仏の開眼供養会が執り行なわれた。

 

「大仏殿遠望」。屋根の鴟尾(しび)が陽の光を受けキラキラと輝く。右後方は興福寺の五重塔。(1957年)

「大仏殿遠望」(1957年)。屋根の鴟尾(しび)が陽の光を受けキラキラと輝く。右後方は興福寺の五重塔。

 

治承4年(1180)12月28日、大仏殿は平家と南都(奈良)の僧兵との争いで戦火を受けて焼失した。大仏の頭は焼け落ち、手は折れ、台座の一部を除きほとんどが溶解。主だった伽藍もすべて火の海にのみ込まれてしまった。

翌年、すぐに再建活動が始まった。その際、大勧進(だいかんじん)つまり資金集めを命じられたのが俊乗坊重源(しゅんじょうぼうちょうげん 1121~1206)である。重源はすでに61歳になっていたが、亡くなる寸前までの20余年間、東大寺再建に奔走した。

大仏殿は、戦国時代の永禄10年(1567)に、またしても戦火によって焼亡している。再建話は浮上しては消え、大仏はその後100年ほどの間、雨露にさらされたままであった。その痛ましい姿を毎日拝みながら、江戸幕府に再建を願い出たのが公慶上人(1648~1705)である。

重源と公慶はともに資金集めに苦労したが、それ以上の難問は柱材の調達である。重源の時代ですら、近畿地方一円の大木はほとんど伐採し尽くされていた。重源は周防国(すおうのくに/現・山口県)で何とか用材を確保した。

公慶はさらに苦労し、ついに柱用の木材調達を断念。大仏殿の柱はケヤキの古名である槻(つき)を檜(ひのき)材で包み、それを鉄輪・銅輪で強く締め、1本の巨大な柱にした。

しかし、大屋根を支える虹梁(こうりょう)だけはどうしても1本の太い松が必要だった。公慶は八方手を尽くし、やっと日向国(ひゅうがのくに/現・宮崎県)の白鳥山で伐採することができた。

公慶の尽力により大仏殿再建の目途はついたが、宝永2年(1705)、公慶は長年の無理がたたって江戸で遷化。58歳の生涯を閉じた。

大仏殿は現存する世界最大の木造建築である。それでも正面の幅は、創建時の3分の2に縮小されている。古代の人々の仏教への思いは、現代人の想像をはるかに超えていたのである。

 

「東大寺僧房跡」。崩れかけた石壁が往時を偲ばせる。(1983年)

「東大寺僧房跡」(1983年)。崩れかけた石壁が往時を偲ばせる。

 
東大寺の広い境内で、入江泰吉がとりわけ気に入っていたのは大仏殿の裏である。かつてそこには講堂が立ち、その東・北・西を僧たちの住まいである僧房が取り囲んでいた。

僧房跡の散策は紅葉の頃がお勧めである。今にも崩れ落ちそうな石垣に赤や黄色の枯葉が舞い、辺りはいっそう静寂に包まれる。柱の礎石を踏みしめながら耳をすませば、全国各地から集まり仏道の修得に切磋琢磨していた若き雲水たちの声が聞こえてきそうである。

法華堂の仏たち

東大寺は仏像の宝庫である。とりわけ法華堂には奈良時代の国宝仏が所狭しと立ち並ぶ。

法華堂は東大寺に残る最古の建築である。本尊として不空羂索(ふくうけんさく)観音立像(像高362.1cm)を祀るところから、古くは羂索堂とよばれた。また、旧暦三月に法華会がここで行なわれることから、いつしか三月堂の名で親しまれるようになった。北側に立つ二月堂の影響があったのかもしれない。

「羂索」とは、狩猟や戦闘に用いる投げ縄のこと。「不空羂索」は、その投げ縄で衆生を救うことが「不空」、つまり失敗しないという意味である。不空羂索観音立像は目が3つに、手が8本ある。まるで妖怪のようだが、顔の表情は気品に溢れ、口元は精気に満ちている。古代人がイメージした仏像の姿はまさに千変万化である。

楼を組んで不空羂索観音像を撮影する入江泰吉。仏像との真剣な対峙の姿勢が背中に溢れている。

櫓を組んで不空羂索観音像を撮影する入江泰吉。仏像との真剣な対峙の姿勢が背中に溢れている。

 

法華堂には、入江がひそかに気に入っていた仏像が1体あった。片隅に安置されていたので、一般にはほとんど知られていない吉祥天である。奈良時代の塑造(そぞう)の名品である。

昭和39年(1964)、入江はそれまで撮りためた仏像を『佛像の表情』という本にまとめた。吉祥天はモノクロで掲載されている。もちろん、この本はすでに絶版だが、入江の仏像への思いを知る上で貴重な本である。最近、新人物往来社から縮小版が発行されたので、入江ファンにはお勧めである。

『仏像の表情』に掲載された吉祥天立像。大胆に顔のアップで迫っている。奈良時代、像高202㎝。いまは東大寺ミュージアムに保管・展示されている。

『仏像の表情』に掲載された吉祥天立像。大胆に顔のアップで迫っている。奈良時代、像高202㎝。現在は東大寺ミュージアムに保管・展示されている。

 入江は一時期、足しげくこの吉祥天のもとに通った。まだ敗戦の痛手を引きずっていたが《フラッシュライトに明るく照らしだされた瞬間の、その女神の顔に若々しい生命力を感じ、歓びを覚えた》と入江はいう(『仏像の表情』のエッセイ「佛像と私」より)。

「東大寺南大門」。重源が再建した鎌倉建築の貴重な遺構。国宝。(1953年頃)

「東大寺南大門」(1953年頃)。重源が再建した鎌倉建築の貴重な遺構。国宝。

 

入江が最後に撮った仏像

入江泰吉が戦後初めて撮影した仏像が東大寺戒壇堂の四天王像であったことは、前回触れた(詳しくはこちら)。じつは入江が最後に撮った仏像も、東大寺のものである。重源が鎌倉時代に再建した南大門の金剛力士像である。

仁王像ともよばれ、口を開けた阿形(あぎょう)と閉じた吽形(うんぎょう)の2体1対である。

「東大寺南大門金剛力士像(吽形)」。向かって左に立つ。像高842.3㎝、国宝。(1991年)

「東大寺南大門金剛力士像(吽形)」(1991年)。向かって左に立つ。像高842.3㎝、国宝。

 

この像は、昭和63年(1988)から平成5年(1993)にかけて解体修理され、多くのことが判明した。

像高は阿形・吽形とも約8m40cm。いくつもの部材を集めた「寄せ木造り」の技法によるもので、部材の数は阿形が2987、吽形が3115にものぼる。それらの重さを合計すると阿形が6675.2kg、吽形が6868.5kgにもなる。

この2体を造った仏師の名は長らく定覚(じょうかく)と湛慶(たんけい)以外不明であったが、阿形の部材から鎌倉仏師のスーパー・スター運慶(うんけい)と快慶(かいけい)の名が確認された。しかも、わずか69日で2体を完成させたことも判明した。まさに慶派が一団となって取り組んだ世紀の仏像再建である(朝日新聞社『仁王像大修理』より)。

この巨大な仏像は、櫓(やぐら)を組んで正面から見ると、全体の高さに比べ胸元が広く、顔が大きく造られていることがわかる。バランスが悪いと感じるが、じつはこれこそ仏師・運慶一派の計算によるものである。

一般の参拝者は、金剛力士像を下から見上げて礼拝する。もし、普通の体型通りに造ったとしたら、礼拝者には胸や頭部が小さく見え、ひ弱な印象を与えるに違いない。そこで仏師たちは下からの視線を考慮して、大胆な形を敢えて採用した。もちろん、入江泰吉もそれは承知していたはずである。
 
東大寺を我が庭のように愛した入江泰吉。彼の40余年に及ぶ奈良大和路撮影活動は、まるで大仏のように、ますますその存在感を強くしていく。

美術館外観。入江泰吉が急逝した1992年4月に開館。設計は黒川紀章。

入江泰吉記念奈良市写真美術館の外観。入江泰吉が急逝した1992年4月に開館。設計は黒川紀章が手がけた。


入江泰吉記念奈良市写真美術館

生誕110年「回顧 入江泰吉の仕事」
会期/2015年10月10日(土)~12月23日(水・祝)
住所/奈良市高畑町600-1
電話/0742・22・9811
時間/9時30分~17時(入館は16時30分まで)
観覧料/一般500円
駐車場/美術館から南へ約50m(普通車39台まで駐車可能)
アクセス/JR・近鉄奈良駅から市内循環バス「破石町」(わりいしまち)下車、東へ徒歩約10分、新薬師寺西側
入江泰吉記念奈良市写真美術館の公式サイト

発売中の『回顧 入江泰吉の仕事』(光村推古書院)。展覧会の展示作品と未発表作品など367点が収録されている。3800円+税。書店または美術館で購入できる。

展覧会の展示作品と未発表作品など367点が収録されている『回顧 入江泰吉の仕事』(3800円+税)。書店または入江泰吉記念奈良市写真美術館で購入できる。

 
文/田中昭三
京都大学文学部卒。編集者を経てフリーに。日本の伝統文化の取材・執筆にあたる。『サライの「日本庭園完全ガイド』(小学館)、『入江泰吉と歩く大和路仏像巡礼』(ウエッジ)、『江戸東京の庭園散歩』(JTBパブリッシング)ほか。

 

 

 

 

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