春日山の原始林に覆われた柳生街道の隠れ里の古刹・円成寺。ここの国宝・大日如来坐像は、平安時代後期、運慶の最初期の作として名高い。

奈良・円成寺の庭園。平安時代末期に造成されたという、浄土式と舟遊式を兼備した寝殿造系庭園で、寺院の庭園としては全国でも貴重な遺構だ。新緑や紅葉の眺めも素晴らしい。

像は昨年末、多宝塔から新しい収蔵施設にうつされ、間近に拝観できるようになった。

国宝・大日如来坐像。円成寺多宝塔の本尊として伝来。檜材の寄木造りで玉眼を嵌入、漆箔仕上げ。像高98.8cm。大正10年の修理の際に台座蓮肉部天板裏面から運慶の名をふくむ墨書銘が確認され、安元元年(1175)11月に注文を受け、安元2年(1176)10月に完成し奉渡(納品)したと わかった。平成5年国宝指定。

そこで、運慶研究の第一人者、山本勉先生に大日如来像の特徴やとっておきの鑑賞法などを語っていただいた。新緑の季節、奈良・円成寺へ旅にでかけよう。

*  *  *

世界一美しい足の裏

現在、運慶研究の第一人者として活躍する山本勉先生は、大学時代に円成寺を訪れ大日如来像に出会ったことが、仏像研究を志す大きなきっかけだったという。

「写実的な肉体表現に、それまで私が持っていた仏像のイメージが覆されました。運慶の大日如来像は礼拝対象の仏像でありながら、そこに確かに実在する人体彫刻でもあったのです」(山本先生)

山本勉先生。1953年生まれ。清泉女子大学教授。著書に『運慶大全』(小学館刊)や最新刊『切手で仏像』(講談社刊)など運慶・仏像の関連本多数。

例えば、智拳印(ちけんいん)という印を結ぶ手の位置は、以前の仏像に比べ高いところにある。これは、胸との間の空間を複雑にすることで立体感を増すための工夫だと、山本先生はいう。

やや反り気味に胸を張った上体には緊張感を漂わせている。この写真は宝冠を外しているので、頭上に結い上げた高髻の形がよくわかる。細部まで行き渡る繊細でしなやかな彫りの素晴らしさにも注目だ。

胸の前で左手の人差し指を立て、その人差し指を右手で握る智拳印という印相は、大日如来の知恵の深さを表すもの。その指先は、まるで血が通っているように生き生きとしている。

「私は〝世界一美しい足の裏〟と呼んでいるのですが、非常に繊細でふくよかで写実性に富んだ足の裏も見どころです。運慶の素晴らしさは、そういった細部の何気ない部分までも写実的に美しく表現できていることです。髪の毛のふくらみまで表した丁寧な彫りや、大きな耳の優雅なのびやかさなどにも注目してください」

仏像の足裏は平板状の形に指を付けただけというものもあるが、この像では各指の肉感的なふくらみや、親指の付け根のふくらみ、土踏まずや踵に至るまで自然に美しく表現されている。

ところで運慶は、この仏像を造るのに11か月を費やしたことが、台座の墨書銘により確認されている。当時、同様の大きさの仏像は約3か月で完成したらしいが、なぜ長くかかったのか。

「私の師である水野敬三郎は、若い運慶が像を独力で、しかも極めて入念に造り上げたためではないかと推察し、それ故にこの像において運慶の卓抜な彫刻的才能と技量とを認識できると説きました」

他の仏像に比べ両目の間隔がやや近いのは運慶の仏像の特徴という。目には当時最新の技法であった水晶の玉眼が嵌入されている。

この像の特別な表現はすべて若き運慶の試行錯誤の跡だというのである。普通の仏像にくらべ鼻根が低く、日本人の顔を写したかのような表現も特徴だという。運慶には、人間と同じ肉体を持っていてこそ祈りの対象たる仏像なのだという意識があったのではないか。

そんな自らの課題に取り組んだ若き日の運慶にも思いを馳せながら、細部まで鑑賞していただきたい。

*  *  *

平安の面影や浄土式庭園を今に残す古刹・円成寺

円成寺の創建については諸説あり、『和州忍辱山円成寺縁起』(江戸時代)によると天平勝宝8年(756)、聖武上皇・孝謙天皇の勅願により唐僧虚瀧和尚の開創と伝えられるが、史実的には万寿3年(1026)命禅上人が十一面観音を祀ったのが始まりとされる。

本堂の本尊は阿弥陀如来坐像で、運慶作大日如来坐像は多宝塔の本尊として造られた。円成寺の田畑祐弘住職はいう。

「多宝塔は後白河上皇の寄進とも伝えられています。運慶の父・康慶は優れた奈良仏師として師の康助とともに後白河上皇と近い関係にあったことも想像されており、確かなことはわかりませんが、その繋がりで運慶が多宝塔の本尊造りを任されたのかもしれません」

この多宝塔は文正元年(1466)の火災で焼失。再建された塔も大正9年、老巧化に伴い鎌倉へ移譲され、現在の塔は平成2年に再建されたものだ。

「大日如来坐像は多宝塔に祀られていましたが、昨年12月から相應殿にうつりました。これまでは正面からしか拝んでいただけなかったのですが、これからは様々な角度から間近に拝んでいただけます」(田畑住職)

広々とした相應殿に祀られた大日如来坐像。多宝塔ではガラス越しで正面から拝むのみだったが、ここでは多方向から直に細部まで鑑賞できる。

そのほか円成寺には、同じく国宝で鎮守社の春日堂・白山堂や、平安時代末期に造成されたとされる浄土式庭園、室町時代に創建当時そのままに再建された本堂と極彩色豊かな内陣など、見どころに溢れている。

室町時代に再建された本堂の内陣。中央の厨子には本尊の阿弥陀如来坐像が祀られる。四本柱には諸菩薩が様々な楽器を演奏し舞い踊る二十五菩薩来迎の様子が極彩色で描かれている。

国宝春日堂・白山堂。全国で最も古い春日造の社殿で、安貞2年(1228)、春日社造営の際に旧社殿を拝領し円成寺の鎮守社としたという。檜皮葺きの屋根は40年に一度葺き替えられる。

庭園も新緑が映える季節。若き日の運慶の傑作が待つ、奈良・円成寺への旅に出かけよう。

円成寺
奈良県奈良市忍辱山町1273 
電話: 0742・93・0353 
拝観時間:9時~17 時(受付17時まで) 
料金:大人400円 
※ 奈良交通バスが運行していますが本数が少ないため利用時は事前に時刻表をご確認ください。
※相應殿、本堂、春日堂・白山堂の写真は平成30年3月2日に撮影したものです。

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【立ち寄りスポット】
料亭『菊水楼』

興福寺のすぐ傍にある明治24年創業の老舗料亭『菊水楼』。写真の表門は江戸時代に建てられた円成寺子院の門を明治時代に移築したものと伝えられている。

奈良の四季折々の食材を中心に、年中行事にあわせた会席料理(一部。上から八寸、椀、先付)は味も彩りも器も絶品で、食通たちの舌を唸らせる。(会席料理は2日前に要予約)

料亭『菊水楼』
奈良県奈良市高畑町1130

電話:0742・23・2001
営業時間:11時~ 21時
定休日:火曜
会席料理・昼1 万円~、夜1 万5000 円~(消費税・奉仕料別途)
http://www.kikusuiro.com/

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写真提供/飛鳥園 東京国立博物館 Image: TNM Image Archives 美術院
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