文/久保田章敬(建築家)
8年前にカスタムリフォームしたマンションを購入されたご夫婦。その後住まわれる中で、床材と照明方法については、ご自分達が納得いくように常日頃からアレンジをしたいと考えておられました。
また住まいは、経年変化する中で味の出てくるものという思いを強く抱いておられ、こうした思いがきっかけとなって、マンションの改装に踏み切られ、私たちに設計をご依頼いただきました。
住まい手は、大学教授のご主人と会社勤めの奥様のご夫婦、そして3匹の愛猫です。社会的に重要な役割を担うお二人にとって、住まいは大切な寛ぎの場。約34㎡のLDKに絞った改装のご希望は3つ。
(1)リビングとキッチンを仕切る収納家具を取り除いて開放的にすること
(2)オープンキッチンにすることで、ある時はご夫婦でゆったりと、また大人数のパーティでも皆で一緒に楽しく調理ができること
(3)床のフローリング材の見直しと床暖房やエアコン、照明方法などの設備を充実させること
そこで、LDKのワンルーム空間の中に、一部既存のキッチンを活かしながら回遊性のあるオープンキッチンを生み出し、その廻りに使い勝手の良い収納家具を配置しました。
一方、天井に設けた間接照明は、他の照明と合わせて夜を多彩に演出し、天井下方のキャットウォークは愛猫にとってもうひとつのリビングとなります。
そして最大のポイントは、1枚の絵画に着目したことです。奥様がニューヨーク在住時に購入された、アーティストのデレク・ライスト(Derek Reist)氏による『オレンジエッジ』という素晴らしい絵画を、東側壁面にある二つの窓の中央に配置し、木製フレームの中に設えました。これにより、ご夫婦の新しい住空間はアートギャラリーとなりました。
さらに、このフレームは可動式となっていて、フレームを右方向に動かしていくと……
まるで収納は魔法がかかったかのように、ワイン好きのご夫婦のための収納ボックスが現れます。このボックスのかたちと色彩は、絵画へのオマージュとして誕生しました。
当初から新たな住まいに対して、ご夫婦とも明快な考え方を持っておられたので、計画をスタートしてから詳細設計、現場監理に至るまでとてもスムースに進みました。
ご夫婦の意向を踏まえた上で、「遊び心」を随所に散りばめていくプロセスが、建築家としてとても楽しく、重要な役割を担えたことに深く感謝しております。
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私は20代後半に、イタリア・ミラノで4年間を過ごしました。イタリアでは、日本と比べて新しい建築工事の仕事が少ないので、優秀な建築家にとっても、インテリアや家具デザインの仕事が中心となります。
イタリア人は、衣食住を始め、政治や経済、文化などありとあらゆるジャンルについて、インテリアやデザインとの関係を探りながら熱く語り合います。これが日常なのです。
こうした広く深い会話の中から、素晴らしいアイデアが生まれてきます。しかも突然に。実に現代のイタリア人にも、レオナルド・ダ・ヴィンチの天性が備わっているようです。
イタリアという恵まれた環境の中で過ごしながら、私に育まれた大切なもの。その一つが「遊び心」であり、それはものづくりの原点だと考えております。そんな遊び心が、今回のリノベーションでも活かせたように思っています。
文/久保田章敬
建築家。1957年、京都府生まれ。1981年、早稲田大学理工学部建築学科卒業。1984年に渡伊しミラノ工科大学建築学科入学。ジャンカルロ・デ・カルロ事務所、アントニオ・チッテリオ事務所を経て、1989年に久保田章敬建築研究所設立。1998年共立女子大学非常勤講師就任。アーキテクツ・スタジオ・ジャパン(ASJ)登録建築家。プロフィールページはこちら。
施工:ASJ横浜西口スタジオ
【この建築事例に関するお問い合わせ】
アーキテクツ・スタジオ・ジャパン(http://www.asj-net.com)
電話:03-6848-9500
写真撮影(竣工後カラー写真)/ナカサ&パートナーズ