神奈川県座間市と町田市のほぼ中間に、その閑静な住宅地はある。日が落ちかけた夕方、雰囲気のいい街灯に照らされている。今回ご紹介するHさん宅だ。

撮影:鳥村鋼一

玄関からLDKへ足を踏み入れると、高さ4.3メートルの吹き抜け空間が出迎えてくれる。天井ではシーリングファンがゆっくり回り、空気をほどよく循環させている。

ダイニングの照明は、品のよいデザインで知られるデンマークの「ルイスポールセン」。茶色いフローリング、そして白い壁面とほどよくマッチしている。

撮影:鳥村鋼一

丸いダイニングテーブルから庭に目を向けると、石畳、畑、立派な柿の木が共存していて、気の利いたカフェのような心地よさに包まれる。

撮影:鳥村鋼一

Hさんご夫妻は、ご主人が函館の高校で教鞭をとられていたため、当初は函館で土地探しから始める計画だったのだそうだ。しかしそんな折、神奈川県座間市にあるご主人の実家で一人暮らしをされていたお母様との同居の話が持ち上がる。そこで2013年に夫婦で神奈川へ戻り、お母様と一緒に暮らすことにしたのだった。

設計を依頼したのは、東京を拠点として活動している建築家の河内真菜さん一級建築士事務所アトリエマナ)。いくつかの住宅の実例写真集を見たなかで、河内さんの設計した住宅がとても気に入ったため、北海道でご本人と会ったのだという。かくしてHさんご夫婦と河内さんの、北海道・東京間の遠距離恋愛がスタートする。

河内さんが北海道を数回訪ねたり、Hさん夫婦が神奈川に戻った際に会ったり、あるいはメールを利用したり、さまざまな手段で打ち合わせが進められ、プランニング開始から約2年後に完成した。

当初は築50年の実家をリノベーションする案も出たが、やや広すぎるため建てなおすことになったのだという。

長年にわたり自然に囲まれた北海道で生活してきたHさんの願いは、自然を感じさせるつくりの家だった。そこで河内さんは、手入れの行き届いた庭を借景として活かし、家族がほどよい距離感で趣味を楽しめるコンパクトサイズの住宅を提案した。

「親族が暮らしていた思い出ある土地で、あまり大きくなくてよく、二人で趣味とともにゆったりした時間を過ごしたいというご要望でした。手入れの行き届いた対の柿の木など、思い出の木々とともに、庭をたのしみながら暮らす家を実現しようと考えました」(河内さん)

そして、ご夫婦の距離感、庭や周囲との関係性、その両方を叶えるため、屋根の形を片流れにした。片流れは、三角屋根である切妻よりも軒が深くとれるため、日差しが強くても部屋の室温を一定に保てる効果がある。

「敷地全体に片流れの大屋根を置くことで、木々を残しつつ庭も内包しながら、お二人の生活を包み込むような、おおらかで木陰のような居場所にしようと思いました。建物を敷地にL型に配置することで、プライバシーを守りながら、全ての部屋から庭を楽しめるよう計画しました。深い庇のある縁側は、庭を眺めながら、ゆっくりとお茶を飲んだり、庭いじりの休憩スペースとして機能してくれます」(河内さん)

また、庭に面したLDKが吹き抜けであり、2階の書斎や寝室からも、庭にいる人の気配を感じることができる。室外と室内が、ほどよいバランスを保っているのである。

撮影:鳥村鋼一

ところでコンパクトサイズの住まいは、モノであふれてしまいがちだ。しかもHさん夫婦は、ご主人が書道や読書、奥様が陶器や小物の収集、庭いじり、バイオリンなど多趣味。当然のことながらモノであふれた光景が思い浮かぶ。

が、おふたりは選りすぐりのモノしか集めていないため、狭苦しさを感じさせることはない。それどころか、厳選されたモノたちは、まるで以前からそこに存在するオブジェのように以前に周囲に溶け込んでいる。河内さんも設計に際し、その点を考慮したのだという。

撮影:鳥村鋼一

「趣味の陶器や小物、家具などの思い出の品々が置かれ、長年たしなんだバイオリンや書道などの趣味スペースが配置され、家全体が一体感あるお二人の居場所となりました。それぞれ別のことをしてもお互いの気配を感じることができる、お二人だけの家ができました」(河内さん)

静かな住宅地の一角の小さな家で、すべてのモノが無理なく共存している。その光景を眺めながら、北海道の思い出とともに移ってきたこの住まいを、終の住処にしたいとHさんは考えている。

撮影:鳥村鋼一

【Hさんの家】
建築家:河内真菜
http://www.asj-net.com/architects/data.php?archiID=13333&archiIDsub=1

施工:ASJ町田スタジオ
http://event.asj-net.com/public/studio/data/283

【この建築事例に関するお問い合わせ】
アーキテクツ・スタジオ・ジャパン
電話:03-6848-9500
http://www.asj-net.com

文/印南敦史
取材協力/アーキテクツ・スタジオ・ジャパン

 

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