文/鳥居美砂
沖縄本島南部の糸満は、古くから漁師町として知られています。ところが、この地域も急速に開発が進み、町の様子も様変わりしてきました。それにより、海とともに暮らしてきた海人(ウミンチュ)の誇りや知恵が築いてきた文化が忘れられつつあるのです。
そんな現状に一石を投じるべく、平成25年に誕生したのが『糸満漁民食堂』です。なんともストレートな名前に、その意気込みが感じられますね。
開店の経緯を、オーナーで料理人でもある玉城(たましろ)弘康さんに伺いました。
「糸満は漁師町なのに、美味しい魚料理を食べられる店がそう多くありません。沖縄の魚の美味しさをもっと知ってもらいたい−−。僕自身が糸満出身ですし、実家が鮮魚の仲買人だということもあって、ぜひ、地元糸満にレストランを作りたかったのです。
沖縄の魚は淡白で、海水温が高いため身がやわらかいのが特徴です。でも、これも個性と捉え、調理法や調味料でその美味しさを引き出すことを考えました」
そのひとつが、バター焼です。沖縄では、その日揚がった鮮度のよい魚のことを“イマイユ”と呼びます。「本日イマイユのバター焼 特製アーサー(あおさ)バターソース」は、客の多くが注文する看板料理です。
じつは「バター焼き」は沖縄の魚料理では一般的な調理法ですが、“バター”と名乗りながら、ほとんどの店ではマーガリンが使われます。別に悪気があってのことではなく、アメリカ統治下に米国産マーガリンが大量に出回り、それをバターと呼んでいた名残です。
しかし、乳製品であるバターと植物油を原料とするマーガリンでは風味に雲泥の差があります。『糸満漁民食堂』では、たっぷりのバターを使用しています。さらに、沖縄の魚を知り尽くしている玉城さんならではの工夫が光ります。
「皮目をパリッと仕上げるために、まず素揚げをしています。そのあとで、多めのバターでソテーします。食材にバターなどをかけ回して焼いていく『アロゼ』と呼ばれるフランス料理の技法です。それにより、表面はより香ばしく、中はふわっと仕上がります。そして、最後にアーサーのバターソースをかけて、お出しします」(玉城さん)
たっぷりのバターをかけ回して、焼いていきます。フランス料理の「アロゼ」と呼ばれる技法です。動画でご覧ください。
フランスのブルターニュ地方の特産品に、海藻入りのバターがあります。まさに、あの香りと風味です。とかく「締まりのない」、と陰口をたたかれる沖縄の魚が、外側はカリッと香ばしく、一方で身はしっとりとして極上の味わいに。このひと皿で、きっと沖縄の魚を見直すことでしょう。
そして、漁師町の伝統料理「魚汁」も昔ながらの基本をちゃんと押さえ、その上で現代風にアレンジされています。
魚で取った出汁を漉し、鰹節やイリコ、昆布などの出汁と合わせた味噌汁は地元産野菜や島豆腐が入った具沢山。それが、土鍋で供されます。魚の切り身は一度蒸してから具に用いるので、ふんわりした口当たりです。
沖縄では、刺身は古くは酢味噌で食されていました。山葵は、日本固有の野菜です。かつての琉球王国であった沖縄には、もちろん自生していません。生の魚を山葵と醤油で食べるのは、比較的新しい食べ方なのでしょう。
『糸満漁民食堂』では、刺身に特製の「しびれ醤油」が添えられます。花椒(ホアジャオ)と呼ばれる中国の山椒を使った醤油で、ピリッとした刺激が淡白な沖縄の魚によく合います。
玉城さんの地元への熱い思いは、建物にも表れています。糸満は遠浅の海岸だったので、潮が引いたときに琉球石灰岩を敷き詰めて土地を造成していました。こうして、その新たな土地に網元を中心にした乗組員たちのコミュニティーをつくり、漁を発展させていったといいます。そんな海人の伝統にちなんで、外観や店内の壁には琉球石灰岩が多用されています。
この石積みの際には子供から大人まで、のべ60人の糸満市民が参加したそうです。沖縄の魚の美味しさを伝える店は、漁師町、糸満が育んできた文化を伝える場でもあるのです。
【糸満漁民食堂】
住所/沖縄県糸満市西崎町4−17
電話/098-992-7277
営業時間/11:30〜15:00、18:00〜22:00
定休日/火曜、最終の月曜
https://www.facebook.com/pg/itomangyominshokudo/about/
文/鳥居美砂
ライター・消費生活アドバイザー。『サライ』記者として25年以上、取材にあたる。12年余りにわたって東京〜沖縄を往来する暮らしを続け、2015年末本拠地を沖縄・那覇に移す。沖縄に関する著書に『沖縄時間 美ら島暮らしは、でーじ上等』(PHP研究所)がある。