伝統野菜と聞いて、真っ先に思い浮かぶのは京都の「京野菜」ではないでしょうか。千枚漬けに使われる聖護院かぶ、満願寺とうがらし、九条ねぎなどはよく知られた京野菜の代表格です。そのほかにも、金沢「加賀野菜」、東京「江戸東京野菜」、大阪「なにわの伝統野菜」、奈良県「大和野菜」など伝統野菜は日本各地にあります。こうした、地元で古くから栽培されてきた野菜を守り伝えるという機運は全国に広がっています。
じつは、沖縄にも古くから栽培されている伝統野菜があるのをご存じですか。
沖縄県では、《健康長寿県として注目される沖縄において、戦前から導入され、伝統的に食されてきた地域固有の野菜》を「伝統的農産物」、別名「島野菜」と定義しています。
全部で28種類ある島野菜の中から、いくつか簡単にご紹介します。
ゴーヤー(和名:にがうり、別名:つるれいし)・・・もはや全国区の野菜といっても過言ではありません。ゴーヤーには通常のものより丸みがあって色が薄い「アバシゴーヤー」という品種もあって、こちらは苦味がやわらかいのが特徴です。薄くスライスして水にさらせば、サラダでも食べられます。
ナーベーラー(和名:へちま)・・・ゴーヤーと並ぶ夏野菜の代表格。入浴で体を洗うためのスポンジ「へちま」の若い果実です。水分が多く、味噌煮(ンブシー)にしてよく食べます。
カンダバー(和名:かずら)・・・サツマイモの一品種の葉と茎です。
クワンソウ(和名:あきのわすれぐさ、別名:カンゾウ)・・・風邪薬や胃薬などに用いられる生薬の「甘草」とは別物です。沖縄では「ニーブイグサ」とも呼ばれ、これは「眠り草」の意味。睡眠障害に効果があり、サプリメントなども発売されています。
サクナ(和名:ぼたんぼうふう、別名:長命草)・・・葉を1枚食べれば、一日長く長生きするといわれる野草。サクナを使った飲料やタブレットなども発売されている注目の野菜です。
シマナー(和名:からしな)・・・塩漬けにすると「チキナー」と呼ばれます。
ハンダマ(和名:すいぜんじな、別名:金時草)・・・加賀野菜の金時草(きんじそう)と同じですが、原産地は熱帯アジアなので、南国沖縄のほうが気候的に合うのか、葉に厚みがあり、色が鮮やか。鉄分を多く含み、カロテンも豊富。沖縄では古くから、「血の薬」と呼ばれています。葉の赤紫色にはポリフェノールの一種、アントシアニンが含まれます。
フーチバー(和名:にしよもぎ)・・・独特の香りがあり、菓子類や雑炊(ヤファラジューシー)のほか、山羊(ヒージャー)汁のニオイ消しに用いられます。食物繊維が豊富で、カリウム、鉄などに富んでいます。
シカクマメ・・・うりずん(沖縄地方で初夏のこと、旧暦の2~3月頃)の季節に出回るので「うりずん豆」とも呼ばれます。
モーウイ(和名:赤毛瓜)・・・ウリ科のキュウリと同じ仲間です。
野菜パパイヤ(和名:パパイヤ)・・・沖縄では「パパヤー」と呼ぶほうが一般的です。ベトナム映画の「青いパパイヤの香り」を観たことがありますか。映画のワンシーンにあったように、青い状態のパパイヤを野菜として食べます。沖縄では千切りしたものを炒め煮にしたり(イリチー)、味噌煮(ンブシー)にします。
タイモ(和名:みずいも 沖縄方言名:ターンム)・・・沖縄の正月には欠かせないサトイモ科の野菜です。
島ラッキョウ・・・沖縄在来種のラッキョウで、エシャロットに近い味わい。独特の香りや辛みは泡盛にピッタリです。
紅イモ(和名:さつまいも)・・・紅芋を使ったタルトなどのスイーツは、沖縄土産の定番になりました。
■県外に持ち出せない島野菜もある?
那覇市内の「牧志公設市場」や沖縄各地の道の駅などで、これらの野菜を見かけたことのある方もいらっしゃるでしょう。また、沖縄県物産公社が手がけるアンテナショップ『わしたショップ』(一部店舗は『わした』)は、東京・銀座をはじめ、仙台や名古屋などにもあり、季節の島野菜も並んでいます。
この『わしたショップ』に島野菜や沖縄産のフルーツ、真空パックした島豆腐などを届けているのが、沖縄の食材の仕入れ販売を手がける『翁屋』です。
『翁屋』で出荷を取りまとめている翁長明生さんに話をうかがいました。
「とくに契約農家を決めないで、沖縄県中央卸市場で良質な野菜をセリ落としています。セリでは生産者の名前がわかるので、この野菜はこの農家さんとだいたいの見当はつけていますが、最終的にはこの目で野菜を確かめてから仕入れています。仕入れた野菜は日本各地に発送しなければならないのですが、一見すると新鮮そうでもすぐに味が落ちてしまう野菜もあるので、なにより質の見極めが肝心です。それを判断する目利きには自信をもってます」
『翁屋』の野菜は、空輸による鮮度の劣化も考慮しながら鮮度のいい野菜を仕入れているというわけです。取り寄せにも対応しています。
そんな翁長さんから、島野菜を購入する際の重要な注意点を教えてもらいました。
「島野菜の中には害虫を防ぐための植物防疫法により、沖縄県外に持ち出せないものがあります。紅イモ、ウンチェー(和名:ようさい、別名:空芯菜)、カンダバーの3つです。うちでも、この3種の野菜は取り扱っていません。ただし、紅イモは焼く、茹でるなどの加工してあるものは大丈夫です」
■島ニンジンとニガナの琉球料理2品
ここで、島野菜を使った料理を2品紹介しましょう。
料理を指導してくれたのは松本料理学院学院長の松本嘉代子さんです。松本料理学院では沖縄本来の伝統料理を学ぶ「琉球料理科」を設けていて、季節の島野菜を使った料理や行事料理などを教えています。
その琉球料理科のカリキュラムから、島ニンジン(沖縄方言名:チデークニ)を使った「チデークニーイリチー」と、ニガナ(沖縄方言名:ンジャナ、和名:ほそばわだん)の白和え「ンジャナバースーネー」のレシピを紹介します。
【チデークニイリチーの作り方】
島ニンジンの沖縄方言名「チデークニー」とは黄色い大根の意で、ゴボウのように細長い形をしています。収穫期は主に冬場なので、最近はこの島ニンジンと金美(きんび)ニンジンを掛け合わせた「島黄金(しまこがね)」という品種も出回っています。今回は、この島黄金を使いました。手に入らない場合は、一般の赤いニンジンでかまいません。
<材料/2〜3人分>
島黄金(ニンジン)/300g(通常の赤いニンジンでも可)
茹でた豚三枚肉(バラ肉)/40g
油/大さじ1
肉出汁/2分の1カップ(鰹出汁でも可)
塩/少々
醤油/少々
<作り方>
松本先生に、「チデークニイリチー」の調理ポイントをお聞きしました。
「料理名にある『イリチー』とは、根菜類や戻した乾物を炒めて出し汁を含ませながら、ゆっくり煮ていく料理法です。出し汁は一度に入れるのではなく、数回に分けて水分が減ったら加える、を繰り返します。火加減は弱火過ぎても人参が水っぽなるので、鍋の中身が動く程度の火力にしてください。こうして、歯ざわりを残しながら、しっとり仕上げるのです」
栄養学的な見地からは、「人参の脂溶性ビタミンに油が加わることで、栄養の吸収がよくなります」とのことです。出汁は、本来は肉出汁を用いますが、鰹出汁でかまいません。また、豚三枚肉(バラ肉)は時間があるときに塊を茹でておき、小分けにして冷凍し、料理ごとに解凍してから用いると便利です。
続いて、島野菜「ンジャナ」を使った料理です。
【ンジャナバースーネーの作り方】
ンジャナ(ニガナ)のバー(葉)を使った、スーネー(和え物)です。ニガナは琉球王朝時代から利用されてきた野菜です、その名の通り苦味が特徴で、カロテン、ビタミンC、カリウムなどが豊富。おもに白和え、魚汁、イカスミ汁などに使われます。
<材料/2人分>
ニガナ/5枚程度
塩/少々
豆腐/100g
<作り方>
「ニガナやゴーヤーなど苦味のある野菜に豆腐と合わせると、苦味が緩和されます。今回は和え衣(材料と混ぜ合わせる調味料)を作らず、ニガナと豆腐を混ぜ込んで和えるだけの簡単な作り方をご紹介しました。缶詰のツナや白ゴマを入れても美味しいですよ」(松本先生)
沖縄の島豆腐には塩分があるので、一般の木綿豆腐を使う場合は塩加減を調整してください。また、豆腐の水気もしっかり切ってください。苦味が後を引く“大人の味”を楽しめます。
『翁屋』のウェブサイトはこちら
文/鳥居美砂
ライター・消費生活アドバイザー。『サライ』記者として25年以上、取材にあたる。12年余りにわたって東京〜沖縄を往来する暮らしを続け、2015年末本拠地を沖縄・那覇に移す。沖縄に関する著書に『沖縄時間 美ら島暮らしは、でーじ上等』(PHP研究所)がある。