取材・文/藤田麻希
絵本作家エリック・カールの『はらぺこあおむし』といえば、世界中の子どもたちに愛されてきた絵本です。幼少時代に読んだ、子供に読み聞かせたなど、手に取ったことがある方も多いでしょう。
ニューヨーク州に生まれ、6歳のときに、両親の祖国であるドイツに移住したエリック・カールは、青少年時代を第二次世界大戦下で過ごしました。絵を描くことが好きだったカールの才能を見出した美術教師のフリードリヒ・クラウスは、クレー、ピカソ、カンディンスキー、マティスなど、ナチス政権で「退廃芸術」として禁じられていた前衛芸術家の作品の複製をカールに見せました。
建物の色すら目立たないものに統制されていた時代、色を渇望していたカールにとって、この経験は代えがたいものになりました。中でも「青い馬」と題されたカールの作品には、カンディンスキーらの芸術運動「青騎士」に通じるものがあります。
そんなエリック・カールと日本には、じつは深い関係があります。『はらぺこあおむし』は日本の出版社の協力なくしては、本として発表できなかったかもしれないのです。
というのも、当時のアメリカでは、ページの幅が数種あり、穴をあける型抜き加工を施した複雑な製本は、採算のとれるものではなく、実現が難しかったのです。そこで、担当編集者が、はるばる日本の出版社に協力を仰ぎ、日本で印刷・製本することで刊行にこぎつけました。
その後も関係は続き、日本では、英語圏以外の国としては最も多く、カールの絵本が出版されています。
カールは日本で絵本の美術館を訪れたことをきっかけに、2002年、マサチューセッツ州に「エリック・カール絵本美術館」を開きました。そして現在、同館の協力のもと、東京の世田谷美術館では、カールの絵本の原画や作品を集めた大規模な展覧会『エリック・カール展 The Art of Eric Carle』が開かれています。
子どもはもちろんのこと、大人にも楽しむことができる濃い内容になっています。
世田谷美術館学芸部の遠藤望さんに、今回の展示の見どころを伺いました。
「展示の後半で、アンリ・マティス、パウル・クレー、フランツ・マルクといった画家たちの作品を、小コーナーで展示しています。ナチス政権下のドイツで青少年時代を過ごしたエリック・カールが決定的な影響を受けた作家たちであり、カールの仕事との関係を今回初めて具体的に紹介します。
またフェルナン・レジェ、ルネ・マグリットに関連する意外な絵本も展示しているほか、抽象作品や、オペラ『魔笛』のための舞台美術も含まれています。また作家が注目してほしい作品として挙げた最新作は、画家パウル・クレーへのオマージュです」
本展は、京都の美術館「えき」KYOTO、岩手県立美術館にも巡回します。誰もが目にしたことがある、あの絵本の原画に会いに、ぜひお出かけください。
【今日の展覧会】
『エリック・カール展 The Art of Eric Carle』
■会期/2017年4月22日(土)~7月2日(日)
■会場/世田谷美術館
■住所/世田谷区砧公園1-2
■電話番号/03・5777・8600 (ハローダイヤル)
■開館時間/10時から18時まで(入場は閉館30分前まで)
■休館日/毎週月曜日
■展覧会公式サイト/http://ericcarle2017-18.com/index.html
取材・文/藤田麻希
美術ライター。明治学院大学大学院芸術学専攻修了。『美術手帖』