文/藤田麻希
明治から大正時代にかけて、百貨店は今とは比べものにならないほど、ハイカラで最先端な空間でした。とくに1904年に「デパートメント宣言」を発表した三越(当時は三越呉服店)は、欧米のデパートを参考に和風から洋風へと舵を切り、食堂・写真室・イルミネーション等を設置。店内で博覧会を開いたり、つぎつぎと新しいことを始める革新的な百貨店でした。
そんな三越のブランドイメージの確立に大きな役割を果たしたのが、図案家の杉浦非水(すぎうら・ひすい/1876~1965)です。非水は嘱託の図案家として、PR雑誌『三越』の表紙絵やカット・ポスター・はがき・着物・緞帳の図案にいたるまで一手に引き受け、「三越の非水か、非水の三越か」とささやかれるほど、三越にとってなくてはならない存在となりました。
非水は、図案で個性を表現しようとした、日本最初期の専業デザイナーです。当時、図案は画家の余技として手がけるもの、あるいは印刷所の版下工の仕事としての認識が強かった時代でした。
非水も、もともとは東京美術学校(現、東京藝術大学)で日本画を専攻していましたが、洋画家・黒田清輝との交流のなかで、当時流行していたアール・ヌーヴォーに関する資料を見て感動。それをきっかけに、図案の専門家になりました。これは当時としては、かなり珍しいことです。
三越での活動を中心に据えてはいましたが、他にもカルピス、日立電気、ヤマサ醤油、出版社等々、数々の企業の仕事を請け、花鳥を単純化し、平面的にあらわした「非水式」の図案を展開し、一時代を築き上げました。企業からの制約を受けない図案集というかたちでも作品を発表し、自らのスタイルを世に発信しました。
そんな杉浦非水の全貌をたどる展覧会が、非水の出身地である愛媛県松山市の愛媛県美術館で開催されています。(~3月30日まで)
学芸員の喜安嶺さんに、展覧会の見どころについてお聞きしました。
「本展では、当館が所蔵する7,000点におよぶ杉浦非水コレクションを軸として、杉浦非水の仕事、その人物像に多角的に迫ります。
コレクションは、非常に多彩な内容となっており、三越や東京地下鉄、カルピスなどの商業デザインといった代表的な仕事の成果物に限らず、松山時代からはじまるスケッチや愛好した写真、彼が生涯をかけて収集した美術工芸品やスクラップなど様々な作品や資料から成っています。
彼の足跡が様々な形でのこされたコレクションだからこそ、非水がデザイナーとして、夫として、教育者としてその時々どのような目線で物事を見ていたのか、たどることができるのではないかと思います。
また、長きにわたり、様々な分野のものを多数、手掛けているので、非水のデザインに対する考え方――自らの芸術性だけではなく、クライアントや時代、そしてイメージを消費する人々を意識するプロフェッショナルなデザイナー杉浦非水の在りよう――が伝わってくるのではないかと思います」
展示のメインの一つであるブックデザインには、今までの展覧会であまり取り上げられてこなかった、初公開のものも多く含まれます。図録に掲載されない、会場でしか見られない作品も100点近くあるそうです。
「現代にも、こんなデザインのものがあったらなあ……」と思える、素敵なデザインの数々に出逢える展覧会です。
【生誕140年 杉浦非水 ~開花するモダンデザイン~展】
■会期/2017年2月22日(水)~3月30日(木)
■会場/愛媛県美術館
■住所/愛媛県松山市堀之内
■電話番号/089・932・0010
■料金/一般1200(1000)円 大高生900(700)円 中小生700(500)円
※団体(20名以上)、満65歳以上の方は( )内の料金で当日入場できます。
満65歳以上の方は生年月日がわかるものをご提示ください。
※障がい者手帳等をお持ちの方とその介護者1名は無料で入場できます。
障がい者手帳等をご呈示ください。
※企画展半券で所蔵品展もご覧いただけます。
■開館時間/9時40分~18時まで(入館は閉館30分前まで)
■休館日/毎週月曜日
(ただし3月20日(月)は開館、翌3月7日(火)、21日(火)は休館)
※当館は、第一月曜及び月曜にあたる祝日を開館し、翌火曜日を休館としております。
■アクセス/
・JR松山駅前から、道後温泉又は市駅前行き市内電車で約5分。
・「南堀端 愛媛県美術館前」下車、徒歩約1分。
・松山観光港から、リムジンバスで30分。「市駅」下車、徒歩約5分。
・松山空港から、車で約15分。
■美術館公式サイト/http://www.ehime-art.jp/
取材・文/藤田麻希
美術ライター。明治学院大学大学院芸術学専攻修了。『美術手帖』