文・写真/山本益博
私が初めて『釜竹』(かまちく)を知ったのは、今から20年以上前、大阪・羽曳野市にあった頃だった。品書きは冷たい「ざる」と温かい「釜揚げ」の二つのみ。自信がなければ、「きつね」とか「てんぷら」とかを品書きに追加したいところであるが、純粋にうどんの味を楽しんでいただきたいという意気込みが、このシンプルな品書きに溢れていた。
その「ざる」が素晴らしかった。口に含んで噛めば小麦の味が広がったのである。薬味は、刻んだ葱に天かす。でも、なにも加えずにいただくのが一番だった。
じつは、うどんをいただく前に「麺前」と称して、つまみをいただいた。酒も銘酒揃い。なかで、目刺しと「十四代」が驚くほどいい相性を見せてくれ、今でも思い出すことができるほどである。
羽曳野まで何度も通ったものだが、しばらくして東京・根津に支店ができた。息子さんが主人となって、注文を受けてから、愚直にうどんを打つのだった。評判が立つまでは時間が経ったが、今では開店前から客が並ぶほどの人気店である。
私の知るところ『釜竹』以上に丁寧に打ったうどんを他に知らない。「釜揚げ」が売り物だが、私のお気に入りは、冷たい「ざる」それも細めのうどんのざるである。
艶光りして、すぐに箸をつけると、つるりとした口さわりで、噛むうちに小麦の香りと味わいが広がってゆく。つゆも薄口だが、塩分はしっかりとあるもの。もし二人で出かけたのなら、それぞれ「細ざる」を一人前ずつ取り、そのあと「釜揚げ」一人前を二人で分かち合って召し上がるといい。
「麺前」のつまみは豊富で、酒も一杯づつ楽しめる。『王禄』『而今』はじめ、酒好きには堪らないだろう。入荷次第だが『十四代』の特別バージョンもある。
数年前に羽曳野の『釜竹』は店を閉めた。今、二代目の平岡良浩さんが、東京で立派にその職人仕事を継いでいる。
【根津 釜竹】
■住所/東京都文京区根津2-14-18
■電話/03-5815-4675
※予約は平日の夜のみ
■営業時間/
・火~土 11:30~14:30(L.O.14:00)/17:30~21:00(L.O.20:30)
・日 11:30~14:30(L.O.14:00)/夜は休み
・祝日 11:30~14:30(L.O.14:00)/17:30~L.O.20:00
※祝日が日・月の場合には、各曜日の営業内容。
(手打ちのため、うどんが無くなり次第閉店)
■定休日/日曜の夜、月曜
■お店のウェブサイト/http://kamachiku.com/
文/山本益博
料理評論家・落語評論家。1948年、東京生まれ。大学の卒論「桂文楽の世界」がそのまま出版され、評論家としての仕事をスタート。TV「花王名人劇場」(関西テレビ系列)のプロデューサーを務めた後、料理中心の評論活動に入る。
※ 山本益博さんプロデュースによる落語イベント「COREDO落語会」が、4月8日(土)に東京・日本橋のCOREDO室町にて開催されます。 詳細は下記のページをご覧ください。
https://serai.jp/hobby/90546