ご存知のように、日本酒は米を主原料にして造られる醸造酒である。よって、用いる米によって酒の味も大きく変わる。
酒造りに向くように開発された米を「酒造好適米」または「酒米」と呼ぶ。種類は数多くあり、作り手は、めざす味に合わせて米の種類を選んでいくのである。
酒造好適米の王者といわれるのが、昭和11年に兵庫県で開発された「山田錦(やまだにしき)」だ。同じく酒造好適米の「山田穂」を母に、「短稈渡船」を父に生まれた。玄米の外層部には、雑味のもとともなるタンパク質や脂質が多く含まれていて、これを削って残った部分を心白という。山田錦は、大粒で、高精米でも心白が割れにくい。
山田錦と並び称されるのが「雄町(おまち)」である。安政6年(1859)に、岡山で発見された、丈の高い稲穂がこの米の基となった。心白が球形で大きく、軟らかい。
また「亀の尾(かめのお)」は、明治26年に山形で発見された米である。食用米としても、酒米としても、多くの米の親となっている。亀の尾自体は、戦後ほとんど作り手が途絶え、忘れられた米になっていたが、近年また脚光を浴び、亀の尾の可能性に挑む作り手も増えつつある。
ほかにも、各地で新たな酒造好適米の開発が日々行なわれており、作り手もそれぞれ性質を活かしながら多様な味を造り出している。
主な酒造好適米10種それぞれの特徴をご紹介していこう。
■1:山田錦(やまだにしき)
酒米の王者といわれる。大粒で、高精米に向く。兵庫県農事試験場が開発。昭和11年登録。母は「山田種」、父は「短稈渡船(たんかんわたりぶね)」。長らく、「山田錦」を使わなければ、全国新酒鑑評会の金賞は取れない、とまでいわれていた。
『獺祭』(だっさい、山口・旭酒造)は、「山田錦」のみを用い、大吟醸か純米大吟醸規格で造られる。80%近く磨いた、超高精米の商品もある。
■2:雄町(おまち)
山田錦と並び称される酒米のもうひとつの雄。掛け合わせで生まれた米ではない。安政6年(1859)に、岡山の篤農家 、岸本甚造が偶然発見した背の高い稲を選抜改良したものと伝わる。心白が大きく、軸の太い味になるという。
■3:五百万石(ごひゃくまんごく)
昭和32年に、新潟県農業試験場で開発された米だ。母は「菊水」、父は「新200号」。米の粒が小さく、高精米にはあまり向かないが、キレのある、美しい酒に仕上がるという。作付面積は全国でもトップクラスだ。
『謙信』(新潟・池田屋酒造)の「五百万石」の商品。新潟で作られた酒米だが、全国的に需要があり、作付面積もトップクラスだ。
■4:亀の尾(かめのお)
明治26年、山形の篤農家、阿部亀治が冷害で生き残った稲を選抜改良。ここから、多くの酒米と飯米が生まれた。病害虫に弱く、戦後はほとんど作る人もいなくなっていたが、近年復活した。奥行きがある酒になるという。
■5:美山錦(みやまにしき)
昭和53年、長野県農業試験場で生まれた。「たかね錦」へのガンマ線照射により突然変異した米。ちなみに「たかね錦」の母は、「北陸12号」、父は「東北25号」である。繊細な香りを持つ、軽い味の酒に仕上がるという。
『美寿々』(長野・美寿々酒造)の「美山錦」。長野を代表する酒米で、これを用いた酒は、繊細な味に仕上がる。
■6:八反錦(はったんにしき)
八反の名を持つ米は、広島でいくつも開発、栽培されている。在来品種「八反草」を改良した「八反35号」と、飯米の「秋津穂」を掛け合わせて生まれたのが「八反錦」である。キレよく、香りの爽やかな酒になるという。
■7:愛山(あいやま)
かつては兵庫県の老舗蔵でのみ使われていたが、『十四代』を醸す山形の高木酒造がこれを用いることで、甘みのあるその味が広く世に知られるようになった。昭和16年、兵庫県立明あか石し 農業改良実験所で、「愛船117」と「山雄 67」から生まれた。
高木酒造は今も「愛山」を得意とする蔵のひとつ。用いると甘みとコクが生まれるという。
■8:千本錦(せんぼんにしき)
平成14年に登録された比較的新しい酒米。広島で「中生新千本(なかてしんせんぼん)」と、「山田錦」を交配し、生み出された。穂はやや長く、粒は大きめ。硬めで、醸造に少し時間がかかるが、その分、酒質は美しくなる傾向があるという。
■9:白鶴錦(はくつるにしき)
白鶴酒造が開発した酒米。平成19年に登録された。母は「山田穂」、父は「渡船」で、「山田錦」の近縁品種であるが、穂数の多寡や芒(のぎ)などに明確な違いがある。最近は『十四代』にも白鶴錦を使った商品がある。
■10:酒未来(さけみらい)
高木酒造が開発。育成年は、平成11年。母は「山酒4号」、父は「美山錦」。優雅で瑞々しい酒の味に仕上がり、現在では20以上の気鋭蔵が用いる。父母を入れ替えて生まれた、「龍の落とし子」という品種もある。
※この記事は『サライ』本誌2017年1月号より転載しました。