長期滞在型の「頑張らない旅」をしてください【星野佳路さんの「星野流」旅指南 第5回】

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談/星野佳路(星野リゾート代表)

私はスキーが趣味なので、冬はもちろんのこと夏もニュージーランドなどの海外へ滑りに出かけますが、日本の雪は私たち日本人が想像する以上に、海外のお客様、とくに東南アジアからの観光客にとっては魅力的に映っています。雪を見るために訪日する方もいらっしゃるほどです。私は日本の冬の楽しさをもっとアピールすべきだと思っていますが、まずそのためには日本人自身が、冬を満喫したほうがいいでしょう。

星野リゾートでは平成16年(2004)からスキー場運営を始めました。北海道のトマムスキー場です。そのときに実施した調査では、スキーは昔、学生時代にはやっていたが今は行かない、という人が大半でした。その方たちにどうしたらスキー場にもう一度足を運んでもらえるかということを真剣に考えました。そして、30代、40代の方を対象に、子どもと一緒にスキー場へ戻ろうというメッセージを打ち出しました。

10年以上が経ち、トマムではスキーヤーのレベルに合わせたコース設定や適切なリフトの架け替えを行ない、子ども向けにゲーム感覚で楽しめるゲレンデ「アドベンチャーマウンテン」などを整備して、多くのお客様に来場いただいています。

私は家族で、そして2世代3世代で楽しめるスキー場作りを行ない、さらに今後はスキーを生涯スポーツとして楽しんでもらえる取り組みをしたいと考えています。スキーは高齢になっても無理なくできるスポーツで、最近の用具は昔と比べ物にならないほど機能性に優れています。〝昔取った杵柄〟をぜひ生涯スポーツにしてほしいですね。日本は100年以上のスキー文化がある国です。スキーを日本の国技にしてほしいくらいです(笑)。

■スキー大国・長野には 北海道にない魅力がある

ここ数年、長野の白馬周辺のスキー場を訪ねると、レストランには英語のメニューが置かれ、平日のスキー客は8割がオーストラリアや台湾、シンガポールなどの海外からのお客様です。まるで海外のスキー場にいるような錯覚さえ覚えます。

白馬は雪質も、8か所あるゲレンデも世界に通用するレベルですし、何よりも圧倒的な魅力はその景観です。北アルプスの荒々しい峰々が雪をかぶって聳える姿はほんとうに美しい。白馬のスキー場でその雄姿を眺めながら滑る気分は、北海道とは異なる楽しさなのです。まるでヨーロッパのようだと、オーストラリア人が絶賛するのがよくわかります。

『星野リゾート 界 アルプス』は、白馬のスキー場に最も近い大町温泉に位置しています。そこで白馬スキーエリアへのシャトルバスの運行や、白馬五竜スキー場と提携して宿泊者専用のラウンジを設置し、休憩はもちろん、ラウンジでのチェックインや連泊の場合はスキー板を預けることもできるようにしました。

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「星野リゾート 界 アルプス」の外観。夜はスタッフが案内する星空散歩の体験も。

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ご当地部屋には地元の手漉き和紙「松崎和紙」で作られた襖や行灯、手紙セットなどがある。

じつはこの宿は、いかに冬にお客様にお越しいただくかということが長年の課題でした。大町温泉は、夏は自然散策や周辺の観光施設、立山黒部アルペンルートへの拠点という強みがあるのですが、冬は弱かった。白馬でスキーを楽しむ方で、ペンションや民宿ではなく温泉旅館に宿泊したいというご要望にお応えする滞在魅力が必要だったのです。

この滞在魅力のヒントを与えてくれたのが、ニュージーランドでのスキー体験でした。ニュージーランド南島のクイーンズタウンの周辺には4つの大きなスキー場があり、スキー客は有数のリゾート地・クイーンズタウンの充実したホテルに泊まり、車で1時間ほどかけてスキー場へ向かうのです。

この経験から、大町から車で30分ほどの白馬はとても近い。スキー客はスキー場の目の前の宿にしか泊まらないという、私たちの固定観念を打ち破り、さらにスキー以外の信州の田舎の冬を魅力的に紹介する工夫をしたのです。

『星野リゾート 界 アルプス』では、玄関口に囲炉裏とかまどを設えた土間があり、信州の田舎の冬を楽しんでいただくために、この囲炉裏でおやきやリンゴを焼き、それを味わいながら暖を取ってもらいます。冬は零下になりますが、皆さん楽しそうに囲炉裏を囲んでいらっしゃいます。

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土間の囲炉裏では、囲炉裏名人が信州名物のおやきを焼きながら、信州の風習や昔話などを聞かせてくれる。

若い方には新鮮な体験であり、年配の方には子どものころの懐かしい景色。それは日本人なら誰もが持っている、心の中にある原風景のひとつなのでしょうね。

この土間ではかまどで蒸した野菜を味わっていただいたり、餅つきをしたりと、スタッフとお客様、お客様同士のコミュニケーションの場になっています。

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夕食後に行なわれる土間での餅つき。掛け声とともに、宿泊者が餅つき体験。搗いた餅はその場で振る舞われる。

さらに中庭に高さ3mものかまくらを作り、雪国の風情を演出します。かまくらの中には畳と炬燵を設置します。また輪かんじきで冬の森を散策するといったアクティビティや、小さい子ども向けの雪遊び専用スペースも用意しています。温泉はもちろん雪見の露天風呂。リンゴを浮かべて、雪見酒も準備しています。

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大浴場の露天風呂。時間帯によってリンゴを浮かべるリンゴ風呂(秋~冬)と飛騨檜の丸板を浮かべる板湯の両方が楽しめる。温泉は体への負担が少ない弱アルカリ性の単純温泉。地酒が用意され雪見酒も味わえる。

温泉はやはり寒いときに寒いところで入るのが一番ですよね。都会にいると冬のほんとうの寒さを実感することが少ないように感じます。寒い中で囲炉裏やかまくら、温泉でホッと暖を取る、そんな冬の体験を、美しい雪山に囲まれた信州の田舎で楽しんでみていただきたいと思っています。

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朝食は焼き魚や炊き合わせ、鴨と野菜の味噌鍋のほかに、醤油豆やワカサギの甘露煮などご飯が進む盛り合わせもある。

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朝はかまどで炊いたできたてのご飯がいただける。

■長期滞在のすすめ

大型連休があれば帰省するという方も多いとは思いますが、ぜひ1か所で長期滞在をしてみてはいかがでしょうか。

日本人の旅はとかく1泊ずつ移動する周遊型になりがちです。冬のスキーはもちろん、沖縄などの離島でのリゾート滞在など、ぜひ長期滞在で日常から離れてリフレッシュしてみてください。

周遊型ですと疲れて帰って、仕事に戻るときにはくたくた……ということもあります。〝旅は頑張らない〟ことを提案します。そのためには、価格面や長期滞在のための工夫など、私たちがやらなければいけない課題がまだまだ山積みだとも感じています。

■宿屋の顔、 女将、主人の存在意義

小さくて上質な温泉旅館を目指す『界』は、最終的には30施設の運営を目標にしています。それぞれの宿がご当地の魅力を発信していますが、宿には女将や主人という従来の旅館の顔を置いていません。

私は大正3年(1914)に創業した温泉旅館に生まれ育ちました。その生業を見てきたからこそ、旅館とはこうあるべきだというこだわりを持っていないのです。女将や主人がその宿を象徴し、それを目当てにお客様が集まるということもよく理解しています。しかし私は宿のスタッフひとりひとりが主体となる宿づくりがしたかったのです。

女将や主人が持っている顧客情報や文化的な技術をスタッフで共有し、その機能を皆で担う。女将や主人が司令塔になり、それに従って働くだけでは、仕事が面白くないのではないでしょうか。現在、旅館業界はとりわけ人材確保に悩んでいます。楽しく働く場を作り上げるには、従来のようなシステムを変える必要があると感じています。

しかしお客様の意識としては〝宿の顔〟が見えないといわれるかもしれません。しかし個人としての顔が本当に必要でしょうか。実家の旅館を見ていて思ったのは、祖父や父のもとに人が集まってきますが、すべてのお客様に均一なサービスができていたかどうか、という疑問です。特別に仲良くなったお客様だけ特別なサービスになっていたのではないかということです。

宿の居心地や料理、サービスなど私が思い描いている宿の良さを、宿泊してくださるお客様すべてに同じように体験していただきたいのです。何かを象徴する「顔」ということで成功しているのは、ディズニーランドのミッキーマウスくらいでしょう(笑)。

今、非常に重要な課題だと思っているのが、リピーターの方への対応です。ホテル業界などではポイント制度を導入して、リピーターのお客様へは飲食の割引や部屋のグレードアップなど、さまざまな試みをしていますが、私が考える究極のリピーターサービスは、予約の仕方だと思うのです。

リピーターのお客様が簡単に予約できるシステムとか、リピーターのお客様だけの空室情報を提供するとか。今は、初めて利用してくださるお客様と、年間10回利用してくださるお客様が同じ土俵で予約をしています。早い者勝ちなんです。

よく利用してくれる私の友人から、直接連絡があり、部屋を取ってほしいといわれるのですが、空きがないときは部屋の手配ができません。私たちの宿を気に入って何度も来てくださるお客様に対して、優先的な予約を可能にするシステムを早急に考えていくべきだと思っています。そのうえで、現地では初めての方でもリピーターの方でも均一なサービスをする。お客様の旅行の目的に合わせた適切で的確なサービス。それが私たちが目指す宿づくりです。

【星野リゾート 界 アルプス】
※現在、建て替えのため休館中です。2017年冬、装いも新たに再開業予定です。
所在地/長野県大町市平2884-26
電話/0570・073・011(界予約センター)

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星野佳路(ほしの・よしはる)
昭和35年、長野県軽井沢町生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、米国コーネル大学ホテル経営大学院にて経営学修士号を取得。平成3年、株式会社星野温泉(現・星野リゾート)代表取締役社長に就任。平成15年には国土交通省より、第1回観光カリスマに選定。趣味はスキーで国内外で滑走を楽しむ。

※この記事は2015年1月号増刊『旅サライ』より転載しました。
取材・構成/関屋淳子
撮影/浜村多恵

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