文 /⻆谷建耀知
私が代表を務める株式会社わかさ生活では、医師や大学教授といった専門家と連携し、脳や目の健康維持に関する研究を行ってきました。
ここでは、4人の専門家に監修していただいた『長生きでも脳が老けない人の習慣』(アスコム)から、身近な人が認知症になったときの対応について、一部を紹介します。
認知症は、家族の関係まで壊しかねない悲しい病気
認知症は、本人だけでなく、家族や身近な人にとっても切実な問題です。
認知症患者と接しているご家族の方には、ついイライラしてしまったり、そんな自分が嫌になったりして、自らを責めてしまう人も少なくありません。
次のアンケート調査をみてください。
これは認知症患者が近くにいる方の悩みです。悩みの1位は「介護の精神的な負担」、2位は「家族関係の崩壊」、3位が「介護の肉体的な負担」 となっています。
認知症になると、正常な判断や行動が難しくなります。
日常生活のあらゆること、たとえばご飯を食べるとか、トイレへ行くとか、服を着るといったことすらできなくなるわけですから、身近な人のサポートが不可欠。それだけ負担は大きくなります。
認知症は、できる限り予防することが第一です。しかし、それでも近親者が認知症になってしまった場合は、どのように認知症患者と接するのがよいのでしょうか。
専門家のアドバイスをもとにまとめた、いくつかのポイントを紹介します。
認知症は、ときに家族の穏やかな暮らしや関係性までも壊してしまう、悲しい病気です。ぜひ大好きなご家族の顔を思い浮かべて、読んでみてください。
いくら教えても忘れる、間違える。そんなときは?
本人はどう思っているのだろう? どう感じているのだろう?
これは認知症患者と接しているときに、よく浮かんでくる疑問です。
認知症が進行しても、羞恥心やプライドは変わらないといいます。
たとえかみ合わない会話だったとしても、普通では考えられない行動だったとしても、本人にその自覚はありません。間違ったことを言っているとか、迷惑をかけているなどとは思っていません。
認知症の方とのコミュニケーションでは、否定しない、叱らないというのが大原則。叱ったところで治らないし、逆に進行を早めることにつながります。
そこで心がけたいのは、YES・BUT法。何か間違えたりしたときに、まず「そうだね」と受け入れてから「でもね」と訂正する会話術です。
たとえば、通いなれた近所のスーパーへの道順を間違えたとしても、「違うよ!」と叱るのではなく「そうだね。でも、こっちが近道だよ」といつもの道に誘導してあげる。冷蔵庫の中に洋服をしまおうとしていても、「どこに入れてるの!」と叱るのではなく、「ありがとう。でもそこはいっぱいだから、向こうに持っていこうか」と洋服ダンスに連れて行ってあげる。こんな具合です。
認知機能が低下しているといっても、100点だった機能が70〜80点くらいに落ちているレベルです。 本人には当然、感情もあるし、自信も持っています。
ですから、まず受け入れることです。そうすることで本人のプライドが保てます。そして疎外感を感じることがなければ、「ここは安全な場所」だと理解するようになります。
心理的な不安がなくなれば、怒りやイライラからくる暴言や暴力などの認知症特有のBPSD(行動・心理症状) を抑えられるようになります。
つい叱りたくなるのは、仕方がないことだと思います。でも、カッとなっても認知症は治りませんし、「キツく言い過ぎたかも」と後悔することもあります。自分の心を守るためにも、YES・BUT法をうまく使ってみましょう。
夜中に食べ物を物色し始めたら、やめさせるべき?
認知症のBPSD の症状のひとつに、夜に食べ物を物色するという行動があります。
健常な人からみると、異常に映る光景だと思います。夜な夜な起きだして、台所の棚や冷蔵庫を物色する。そんなシーンに初めて遭遇したときは、大切な人が変わってしまった現実を目の当たりにして悲しい気持ちになることもあるでしょう。
そして、何度も繰り返されると、「こんな夜に何やっているの? 夜ごはんは食べたでしょう!」と、つい声を荒げてしまうこともあるかもしれません。
しかし本人に悪いことをしている自覚はありません。それどころか、叱られたことがストレスになって、さらに認知症の症状が進行してしまうことになります。
とはいえ、夜中に勝手に変なものを食べられたりしたら、心配で仕方がありません。夜通し見張って世話をするわけにもいきません。どうすればいいのでしょうか?
夜の物色のための最善策は、すぐに探せるようなところに、カロリーが低い食べ物を置いておくことです。
逆に食べさせないように食べ物を隠したり、手の届かないところにしまったりする人もいるかと思います。しかし認知症の方があちこち探し回るのはそれだけで危険ですし、調味料から何からすべてを隠すのは不可能です。おまけに、食べられないことによるストレスも与えてしまいます。
それならば、体に悪影響が少ないものを、あえて食べられるようにしたほうが、まだ安心です。
施設に預けるのは残酷なこと?
在宅ケアを選ぶか、介護施設へ入居するか……。
身近な人が認知症を発症して介護が必要になったときに悩むテーマです。
在宅ケアと介護施設のいずれにもメリットとデメリットがあり、どちらがいいとか悪いとか簡単に決められることではありません。どちらかに決めたとしても、それで本当によかったのかと、後々悩むことにもなります。
そうならないように、認知機能が衰える前に家族で将来についてきちんと話しておくようにしましょう。
話し合うべきことはたくさんあります。
介護が必要になっても自宅で生活したいのか、誰に付き添ってもらいたいのか、介護施設に入るならどんな施設がいいのか、入居費用はどうするのか……。
介護する側の気持ちも伝えておくべきです。介護に対してどう思っているのか、介護するならどうしようと考えているのか、施設にお願いするならどんなところがいいのか、仕事はどうするのか……。
認知症を発症してしまったら、普通に会話ができなくなる可能性があります。
介護する側もされる側も、思いを伝えられない、伝わらないことになります。そして、どうしたらいいのかわからず途方に暮れてしまう……ということになります。
しかし、本人の意向を前もって聞いておけば、選択を迫られたときに、その結果をもとに最良な方法を導き出すことができるはずです。
元気なときは介護の話題を切り出すのはなかなか難しいかもしれませんが、先送りしてはいけません。話し合う機会をつくり、家族の誰かが決断できるように価値観を共有しておく。それだけで、お互い安心できます。
もちろん、自分が将来もし認知症になったとしたらどのようにしたいのか、家族やまわりの人に伝えておくことも忘れないようにしましょう。
⻆谷建耀知(かくたにけんいち)
株式会社わかさ生活 代表取締役社長
18歳の時、脳腫瘍の大手術を受け、命と引き換えに視野の半分を失う。自身の経験から、自分のように目で困っている人の役に立ちたいとの想いで、1998年に株式会社わかさ生活を創業。著書に『花鈴のマウンド』や『女子高生と魔法のノート』があり、現在は健康雑誌『若々』も発刊中。
[関連サイト]若々しく健康的な生活を提供するわかさ生活Webサイト
https://www.wakasa.jp/
『長生きでも脳が老けない人の習慣』