成年後見制度の存在は知っていて、そろそろ実際に利用したいと考えている方がおられるかもしれません。しかし、いざ制度を利用しようと思っても、成年後見制度の開始を申し立てる際に、どのように行うのかがわからないという方は、多いのではないでしょうか。そこで、今回は成年後見制度の申し立ての流れや注意点について、おおさか法務事務所の坂西が解説していきます。
目次
成年後見制度の申し立て
手続きの流れと必要書類
申立人がいないとき
まとめ
成年後見制度の申し立て
成年後見制度は、本人が認知症や知的障害などの精神障害により、判断能力が低下すれば、自動的に利用がスタートするのではなく、成年後見制度の利用を申し立てる必要があります。
申し立てとは、成年後見制度を利用するため、家庭裁判所に、制度の利用開始に必要な書類一式を作成、準備し提出することです。申立書が提出されると、家庭裁判所の方で審理し、後見人が決定され、確定すると後見人の業務が開始します。
申し立てる際の注意点
家庭裁判所に申し立てを行う際の注意点は下記のとおりです。
(1)申立書類を提出する裁判所
申立書類の提出は、本人が実際に住んでいる住所を管轄する家庭裁判所です。つまり、施設に長期滞在している場合は、実際に住んでいる住所は施設の住所ですから、必ずしも住民票の住所地になるわけではありません。不安な場合は、申立書を提出しようと考えている家庭裁判所の後見係に、提出先に間違いがないか電話で問い合わせるとよいでしょう。
(2)申し立てることができる人
申し立てることができる人は、法律で決まっており、本人、配偶者、4親等内の親族のほか、検察官、市町村の長などです。
(3)申し立てた後
成年後見制度の申し立てを行うと、簡単に取り下げることはできず、取り下げるには家庭裁判所の許可が必要になります。また、制度の利用が始まると、認知症の本人の判断能力が回復するか、本人が亡くなるまで、制度の利用は止めることができません。本当に制度利用が必要かを考えたうえで、申し立てを行ってください。
申し立ての事例で多い動機とは
成年後見制度の申し立ての動機で多いものは以下の通りです。
(1)預貯金等の管理・解約
判断能力が低下し、通帳を何度も紛失する、銀行の手続きができない等、本人の代わりに金銭管理をしてくれる人が必要です。この動機が1番多くなっています。
(2)身上保護
本人の施設入居や入院手続きなどの契約を、本人に代わって行うことができます。
(3)介護保険契約
施設入所等のための介護保険契約は、親族でもよいのではないかと思われるかもしれません。しかし、本人は成人のため、未成年者の親権者とは違い、親族に本人を代理する権利はなく、後見人などの法定代理人でなければ、代理で行うことができません。
(4)不動産の処分
本人が施設に入所することになり、自宅が空き家になってしまうため、自宅を売却する場合にも、親族は代理人になれず、後見人等が必要です。
(5)相続手続
相続人で遺産分割協議をする場合、相続人の中に認知症などの判断能力が不十分な人がいる場合、その人は協議に参加できません。しかし、遺産分割協議は、相続人全員が参加しなければ進められません。そのため、この場合には、認知症である相続人の代わりに、遺産分割協議に参加する代理人として成年後見人が必要です。
また、申し立ての動機となった事由が解決したとしても(例:相続手続が完了した)、成年後見制度の利用を止めることはできず、その後も続くということに注意してください。
手続きの流れと必要書類
申し立て手続きをする際の流れと必要な書類を解説します。
【手続きの流れ】
(1)申立人、申立先の確認
(2)医師に診断書の依頼
(3)後見人候補者を決める
(4)必要書類の準備、申立書類の作成
(5)家庭裁判所に申立書類一式と必要書類を提出し、申し立てる
(6)家庭裁判所での面談
申立人、申立人候補者、本人の面談。
※本人が高齢の場合は、家裁調査官が本人の居住地に来てくれる可能性もあります。
(7)後見人決定の通知が届く
通知到達から2週間後に正式に決定。後見人としての業務が開始。
(8)登記事項証明書(後見人であることの証明書)を法務局で取得
取得した登記事項証明書を使い、役所、金融機関に後見人としての届出を行う。
【必要な書類】保有資産に関する資料
(1)本人名義の通帳(直近1年分の通帳記帳済のもの)
(2)本人名義の定期預金証書
(3)本人名義の株式・投資信託の取引報告書
(4)本人名義の生命保険証書
(5)本人の年金額が分かる書類(年金額改定通知書)
(6)本人名義の不動産がある場合は、不動産の所在地がわかるもの(固定資産税の納税通知書)
(7)本人が得ている定期的な収入がわかる資料(例:家賃収入に関する資料)
【支出に関する資料】
(1)医療費の支出が分かる資料(病院等の領収書直近3か月分)
(2)住民税・固定資産税等の納税通知書
(3)入所施設の利用料の領収書(直近3か月分)
【行政からの証明書】
(1)戸籍謄本
(2)住民票
(3)介護保険証書
(4)健康保険証
(5)その他、身体障害者手帳、療育手帳等
後見人候補者について
後見開始申立書には、後見人候補者を記入する欄があります。後見人等候補者欄は、成年後見人として適当な人がいる場合に記載し、適当な人がいない場合は名前を書く必要はありません。後見人等候補者がいない場合は、家庭裁判所が、弁護士や司法書士などの専門家を選任します。
後見人は、裁判所が決定するので、後見人等候補者が親族だからといって、必ずしも後見人に選ばれるわけではありません。親族が候補者として挙げられていても、裁判所が後見人には専門家が適当であると判断した場合は、専門家(司法書士、弁護士、社会福祉士等)を選任します。
近年の家庭裁判所による選任率は、専門家が8割、親族が2割であり、専門家が選ばれる割合が高くなっています。親族の意向通りの後見人が選ばれなかったとしても、申し立てを取り下げることはできません。取り下げる場合は、家庭裁判所の許可が必要ですので、注意してくたさい。
申立人がいないとき
成年後見制度の利用が必要な方がいても、親族による申し立てができない場合があります。例えば、身寄りがなく申し立てる親族がいない、親族はいるが協力が得られない、親族が本人に対して虐待や権利侵害をしていて申し立てが期待できない等の事情がある場合です。その場合、本人が居住する地域の首長(市区町村長)が成年後見制度の申立人となることができます。
首長申立の場合、本当に申立権者となれる親族がいないかどうか、市町村の担当者も慎重に調査してから申し立てるため、親族申立よりも、申し立てるまでに時間がかかります。すぐにでも財産管理や契約手続きが必要という場合は、できるだけ早く、申し立ての準備に取り掛かることをおすすめします。
申立権者となれる親族がいない場合でも、本人が自分を保護してもらうために、「何らかの手続をするという程度の申し立ての意味」を理解できる意思能力があれば、本人自身からの申し立ても可能ですので、本人申立を検討するのも1つの方法です。しかし、本人の判断能力に問題があるため、後見制度の利用を申し立てるので、そもそも申立能力すらないと家庭裁判所に判断されてしまうと、受け付けてもらえない可能性もあります。全ての場合に、本人申立が可能というわけではないことに注意してください。
まとめ
今回は、成年後見の申し立てについて解説していきました。申し立ては、これから、本人が成年後見制度を利用し、よりよい生活を送るための始まりの部分です。この記事によって、みなさまの申し立てに対する不安が少しでも解消できれば幸いです。
●構成・編集/内藤知夏(京都メディアライン・https://kyotomedialine.com)
●取材協力/坂西 涼(さかにし りょう)
司法書士法人おおさか法務事務所 後見信託センター長/司法書士
東京・大阪を中心に、シニア向けに成年後見や家族信託、遺言などの法務を軸とした財産管理業務専門チームを結成するリーガルファームの、成年後見部門の役員司法書士。
「法人で後見人を務める」という長期に安定したサポートの提唱を草分け的存在としてスタート、
全国でも類をみない延べ450名以上の認知症関連のサポート実績がある。認知症の方々のリアルな生活と、多業種連携による社会的支援のニーズを、様々な機会で発信している。日経相続・事業承継セミナー、介護医療業界向けの研修会など、講師も多く担当。
司法書士法人おおさか法務事務所(http://olao.jp)