取材・文/坂口鈴香
「ええ? そんなことを考えていたの?」と失笑してしまった、忘れられない親の言葉を紹介している。そこから垣間見える親の本音とは――。
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本当はあまり行きたくない
徳本直幸さん(仮名・53)は、両親の関係は理想的だと思っている。退職後、父は「これまで仕事仕事で(母に)苦労をかけたから、これからは二人で日本全国を回るんだ」と言って、毎月のように旅行に出かけるようになった。
「運転の好きな父が運転して、北海道から九州まで1週間くらい車で回るんです。帰ってきたら写真を見せながら土産話をしてくれて、それは楽しそうでした」
先日、東北地方に出かけようとする両親を見送っていたときのことだ。
徳本さんは車に乗り込もうとしていた母に、「気をつけて行ってらっしゃい」と声をかけた。すると母はちょっと目を泳がせて、徳本さんにだけ聞こえるように「本当はあまり行きたくない」とこぼしたのだという。
「え? ウソでしょと思いました。両親が旅行をはじめて十年以上になりますが、母はまったくそんな素振りなど見せたこともなかったので、旅行を楽しんでいるとばかり思っていました」
徳本さんはちょうどそのころ、夫婦の気持ちがいかにすれ違っているかというネット記事を読んだところだった。定年後にやりたいこととして、多くの夫は「妻と旅行に行きたい」と考えているが、多くの妻は「旅行するなら友人と行きたい」と思っている。夫が妻をねぎらうために旅行しようと思っているのは、妻の気持ちをわかっていない夫の典型的な例だ、という内容だった。
「その記事を読んだときはうちの親にはあてはまらないと思っていたので、この突然の母の告白には驚きました。オーバーですが世界観が変わったような気さえしたんです」
徳本さんも両親を見習って、退職後は妻と旅行に行こうと思っていた。しかし妻にとっては迷惑な話なのではないかと、背筋が寒くなったという。
母がなぜ今になって自分に本心を打ち明けたのか。これから自分は両親にどんな態度を取ったらよいのか。母の言葉を聞かなかったことにして、このまま知らん顔をしているべきか。考えはまとまらない。そして、改めて「女ってよくわからない」と思う。
次に紹介する言葉を徳本さんが聞いたら、ますます戸惑うことになるかもしれない。
【あの顔でいいの? 次ページに続きます】