「手間」をかけ、全身に「心地よい音」を浴びる。そして訪れる贅沢な時間―
レコードを聴くことは、脳や身体に心地よく、人間らしい感情や感覚を整える。電子的な音や声、騒音にあふれる現代にもう一度、「レコードのある暮らし」を提案したい。
「同じ曲でも時代によって音の“芯”が違う。それを探し出すのがレコードの醍醐味です」
俳優の角野卓造(かどのたくぞう)さんは、知る人ぞ知る音楽ファンである。
「最近、臨時収入がありましてね。思い切って、プリアンプやフォノイコライザーなどオーディオセットの半分を買い替えました。中学生の終わり頃からレコードを買い始めたんですが、一枚も手放さずに持ち続けていて、今は500枚程度でしょうか。新しいオーディオセットで聞き直していますが、味わいが違います。オーディオは、“部屋の空気を鳴らす”ものだと思っているのですが、レコードはその空気感があたたかいんです」
角野さんはCDも保有しているが、レコードはCDと聞き比べても「CDに劣らない」という。
「原音を高度にデジタル化したハイレゾも聴きますが、ハイレゾだからいいってわけではないんです。例えば古今亭志ん生の落語がありますでしょ? 当時の録音だから音質が良くないんだけど、あの時代を写し取っている。それがいいんです。ジャズやクラシックもそれと同じです。同じ曲でも時代によって音の“芯”が違う。それを探し出すのが、レコードの醍醐味です」
いざ、中古レコード店へ
角野さんがこの日、仕事の合間に訪れたのは、神田神保町(東京)にある中古レコード専門店『レコード社』だ。
昭和5年創業の老舗で、3階建てのビルにはSP盤、LP盤、EP盤など洋楽、邦楽合わせて10万枚が並ぶ。1階は邦楽専門で2階は洋楽、3階はクラシックを扱う。
「このお店は初めて」という角野さんは迷わず2階に向かった。
「ボーカル曲が好きでしてね」と角野さん。ジャズボーカルの棚のレコードを一枚、一枚、じっくりと見ていく。
女性R&Bシンガーのエスター・フィリップス、『家へおいでよ』をヒットさせたローズマリー・クルーニー……。
「お目当ての歌手のレコードは、だいたい家にあるものでしたね。故人のレコードは限られていますから」
お店の方から試聴をすすめられた角野さんは、女性ジャズシンガーのカーメン・マクレエの『アフター・グロウ』を手に取った。
「この名盤がさて、どんな音を鳴らしますか」
店に備え付けのデノンのレコードプレーヤーで試聴する。所有済みのレコードなので購入には至らなかったが「ポータブルなのにしっかりした音だね」とのことだった。
「買う前に、耳で確かめることができるのも、こういう中古レコード専門店のいいところですね。聴くと買いたくなりますが(笑)」
中学生とレコード談義
最近、中学生になった角野さんの甥っ子の息子が、音楽に興味を持ち始めているのだという。
「わが家にレコードコレクションがあることを聞きつけましてね。今度、聴きにくるんです。聴いたらまあ驚くでしょうね(笑)。これほどすごい音なのかと。何なら将来、この子にコレクションを全部譲ってもいい」
2人の年齢差は約60歳だ。
「中学生にだってレコードの音の良さは分かる。世代を超えて楽しめるのが、レコードや音楽の良さなんでしょうね」
角野卓造さん (俳優・74歳)
昭和23年、東京生まれ。学習院大学経済学部卒業後、文学座へ。俳優業のほか「音楽」「旅」「酒場巡り」等のテレビ番組や雑誌の連載等で幅広く活動。近著に『続・予約一名、角野卓造でございます。【京都編】』等。
レコード社
東京都千代田区神田神保町2-26
電話:03・3262・2553
営業時間:11時~20時
定休日:日曜
交通:地下鉄神保町駅から徒歩約2分
取材・文/角山祥道 撮影/藤田修平
※この記事は『サライ』本誌2023年6月号より転載しました。