文・写真/小坂真吾(サライ編集長)
3月号の『サライ』では「猫」とともに「レコード」を特集しています。それに合わせて、今回はLPレコードの「ジャケット」の魅力についてお伝えしたく思います。
12年前、私がサライの一編集部員だったころに、初めてレコードの特集を担当しました(2005年第3号)。レコードがいまほど見直されていなかった時代です。当時の私も、アナログディスクなど過去の遺物と思っていたのですが、取材するうちにレコードの魅力に取り憑かれ、いまや500枚以上のレコードがリビングに。カートリッジやアンプ、スピーカーにもずいぶん投資しました。
ピエール・ブーレーズとニュー・フィルハーモニア管による『ブーレーズ・コンダクツ・ドビュッシー~海、牧神の午後への前奏曲、遊戯』(1966年録音)は、とくに「ジャケット」が気に入っている1枚です。米国コロンビア盤ですが、ジャケットにあしらわれているのは我らが北斎の『冨嶽三十六景~神奈川沖浪裏』です。この浮世絵は、英語圏では「The Great Wave(大浪)」の名で通っています。
ドビュッシーはめったに聴かない私ですが、このレコードは中古店で見つけて即「ジャケ買い」。値段はたしか900円台でした。
このジャケットのデザイナーは、『海』(ラ・メール)という曲に、北斎の「大浪」を思いつきであてがったわけではないでしょう。
ドビュッシーの部屋にはこの「大浪」が掛けてあり、交響詩『海』の初版楽譜の表紙にも、北斎の「大浪」が掲載されていたそうです(辻惟雄『奇想の図譜』ちくま学芸文庫より)。確証はありませんが、ドビュッシーが『海』を作るにあたって、極東の天才の「奇想」に大いに刺激された可能性は、かなり高いといえますね。米国コロンビア社のデザイナーは、そうした事実を踏まえて、北斎の「大浪」を使ったのだと思います。
このレコードをかけるとき、私はジャケットを手に持って(印刷はキレイとは言いがたく、牛乳パック並みに版ズレしてますが)、北斎の大浪を眺めながら曲を聴きます。フランスのドビュッシーと日本の北斎が、時空を超えて出会う瞬間を楽しむのです。
私の持っているレコードはオリジナルではなく「再発」で、盤自体も薄く、音に力がありません。おそらく、最新のCDのほうが音は良いでしょう。しかし、ソニーミュージックから発売されている現行CDのジャケットは、12センチ四方の小さなスペースをさらに4分割して、北斎のこの絵を、色を変えて4枚載せたものになっています。
ドビュッシーの曲想からすると、海の色が刻一刻と変わって行くイメージはよくわかるのですが、いかんせん、絵が小さすぎると思うのは、私だけでしょうか。
LP盤の、30センチ四方のジャケットでなければ表現できないものがある。それもレコードの魅力のひとつです。
文・写真/小坂眞吾(サライ編集長)
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