文・絵/牧野良幸

NHKの大河ドラマ『どうする家康』が始まった。僕も見ている。なぜなら僕は岡崎出身だからである。岡崎は家康が生まれた所だ。ドラマで岡崎が取り上げられることなんて滅多にない。でれえ嬉しい。

NHK大河ドラマの影響力は凄い。ちょうど40年前に大河ドラマ『徳川家康』が放送された時には岡崎市内に観光バスが押し寄せた。岡崎に暮らしているとまず行くことのない岡崎城公園や大樹寺にたくさんの観光客が訪れた。普段は静かな岡崎が一時的にせよ京都や奈良みたいになったのだから、大河ドラマの影響力がいかに大きいか分かる。

今年もあの賑わいが起これば岡崎出身者として喜ばしいが、今回はそれよりも大河ドラマを通じて家康のことを知りたいという気持ちの方が強い。

なにせ僕は岡崎で生まれ育ったのに家康のことはほとんど知らない。他県の人から「岡崎って何が有名なの?」と訊かれたら、「徳川家康が生まれた所」と胸を張って答えるものの、さてその家康が岡崎でどういう人生を過ごしたのか知らない。幼い頃に人質に取られたという話は聞いたことはあるものの具体的なことは分からない。

ということで大河ドラマ『どうする家康』を楽しみに見ているが、この連載でも徳川家康の映画を取り上げようと思う。

『徳川家康』は1965年公開。山岡荘八の小説が原作で、家康が岡崎城で生まれたところから、桶狭間の戦いのあと若き岡崎領主として立ち上がるまでを描く。青年の家康を演じるのは北大路欣也。『どうする家康』の松本潤と同じくらい爽やかな家康である。

天文11年(1542)寅の年、寅の日、寅の刻。岡崎領主松平広忠(田村高廣)に男子が生まれる。子は竹千代と名付けられた。のちの家康だ。

病みがちの広忠は竹千代を可愛がる。

「良い子じゃ。しかし母ばかりに甘えて、そちは父の子か母の子か?」

「竹千代は……虎の子!」

この子役が可愛らしくて思わず頬が緩んでしまうが、竹千代は岡崎を取り巻く勢力の犠牲になる運命だ。

当時の勢力図はこうである。岡崎の東、駿府に今川義元。西の尾張には織田信秀という大きな勢力があった。両軍の睨み合うところが岡崎のある三河なのだ。

岡崎の松平家は弱小勢力。生き残るために今川方についた。同じ三河の弱小勢力、刈谷の水野家からは於大(有馬稲子)を嫁にとり同盟も結んでいた。

しかしその於大が実兄の命令で結婚を解消させられ、織田方の武将の所に再婚させられた。領主の水野信元が織田方に寝返ったからだ。於大を演じる有馬稲子は、まるで歴史映画のエリザベス・テーラーのようで悲劇の姫にふさわしい風格がある。

天文16年(1547)、悲劇は六歳になった竹千代にも及ぶ。今川義元(西村晃)が織田勢と最前線で対峙する岡崎に忠誠を立てさせるため、竹千代を人質に求めるのである。

出た、人質。

岡崎は竹千代を差し出すしかなかった。かくして竹千代は駿府へ向かうのだが、なんと、その竹千代を駿府に連れて行く者が織田方に寝返って、逆方向の尾張へ誘拐してしまうのである。

東の今川の人質になるはずが、西の織田の人質に。また人質と言っても牢屋に入れられるわけではなく、軟禁生活という感じで育てられる。ふむふむ。家康の幼少時代について何も知らなかった僕も少し知識がついた。

話を進めよう。このあとの展開もびっくり。

天文18年(1549)、竹千代の父広忠が亡くなると岡崎衆は新たな領主として織田方から竹千代の奪還を企てる。これが成功して、竹千代はようやく岡崎に帰る……はずだったのだが、戦国の世は甘くない、また今川義元が竹千代を人質に差し出すよう求めてきたのだ。

どうする岡崎衆!? と言いたいところだが、今川に逆らったら岡崎は簡単に潰される。竹千代を差し出すしかなかった。竹千代、八歳。今度は駿府で人質生活だ。

ここでようやく北大路欣也の出番である。竹千代は今川義元のもとで英才教育を受け、元服すると元信と名乗り(義元の「元」をもらった)、今川の血をもつ瀬名を嫁にもらう。

人質でありながら、今川の家臣として重用されていく元信。織田信長(中村錦之助、のち萬屋錦之介)も元信には一目置いているし、家康は若くして有力大名を惹きつける才があるのだった。

このあと元信は元康と名を改める。映画ではそこに触れていないが、ここでは元康で書いていこう。

永禄3年(1560)の桶狭間の戦い。今川義元は元康と岡崎衆を織田攻撃への先陣に使う。もちろん捨て駒として起用されたことを元康は知っている。元康は岡崎大樹寺に入ると岡崎衆に問う。

「わしは今川の者か? 岡崎の者か?」

心は決まっていた。

「わしは岡崎の子ぞ、今もこれからも!」

のちの家康がこんなセリフを言ってくれるのが、岡崎出身者としては涙が出るほど嬉しい。

桶狭間の戦いで織田信長は今川義元の首をとり勝利する。今川群は駿府へ退却。岡崎衆も駿府へ退却するはずだったが、岡崎城で元康の決心は強かった。

「わしは二度と駿府へは帰らん!」

「なんと、殿!」

「この城はわしの城、おぬしらの城、岡崎と皆の城だ。再び人手に渡してなろうか!」

織田信長と同盟関係を結べば今川は敵となる。北の武田信玄も目が離せない。元康(家康)にはまだまだ波乱が待っていることだろう。それを暗示する嵐で映画は終わる。

ああ勉強になった。これで僕も家康の岡崎時代について少しは説明できそうだ。しかし知れば知るほど面白くなるのが歴史だ。このあとは大河ドラマで家康を追っていきたい。

【今日の面白すぎる日本映画】
『徳川家康』
1965年
上映時間:143分
監督:伊藤大輔
原作:山岡荘八『徳川家康』
脚本:伊藤大輔
出演:北大路欣也、中村錦之助(萬屋錦之介)、山本圭、西村晃、有馬稲子、ほか
音楽:伊福部昭

文・絵/牧野良幸
1958年 愛知県岡崎市生まれ。イラストレーター、版画家。音楽や映画のイラストエッセイも手がける。著書に『僕の音盤青春記』 『少年マッキー 僕の昭和少年記 1958-1970』、『オーディオ小僧のアナログ放浪記』などがある。ホームページ http://mackie.jp

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