ライターI(以下I):頼朝(演・大泉洋)が亡くなってまだ5年も経っていないにもかかわらず、梶原景時(演・中村獅童)、比企能員(演・佐藤二朗)らの御家人が滅ぼされ、弟の阿野全成(演・新納慎也)、嫡男の頼家(演・金子大地)も殺害されました。
編集者A(以下A):おそらく「頼朝が健在の時代はよかったのに」と思っていた御家人も少なからずいたであろうタイミングで、頼朝の和歌が登場しました。〈道すがら 富士の煙もわかざりき 晴るる間もなき 空のけしきに〉。後鳥羽院(演・尾上松也)による勅撰の『新古今和歌集』に入選している和歌で、劇中の頃はちょうど選歌の作業が進んでいた頃だと思われます。
I:ちらっと「富士の巻狩り」の際の頼朝の姿も出てきましたが、なんか、「頼朝の頃はよかった」という思いを皆で共有できたような気がします。「頼朝があと5年くらい生きていたら、誰も死なずにすんだかも」と思ったりしました。
A:〈頼朝には富士が似合う〉とは、歴史作家安部龍太郎先生の『鎌倉殿と北条一族 歴史は辺境から始まる』に出ているフレーズです。同書は、文覚滝行伝承地や修善寺などドラマの舞台をしっかり巡って、北条時政の野望についても触れていますね。
I:旅のお供にどうぞ、という感じの本ですよね。
義時はほんとうに決裂を回避しようとしているのか?
I:さて、前週、北条時政(演・坂東彌十郎)、りく(演・宮沢りえ)夫妻の愛息政範(演・中川翼)が急死しました。まだ16歳という若さ。何かがあったと考えるのが自然かと思います。劇中では、どうも京都守護の平賀朝雅(演・山中崇)が政範に毒を盛ったかのような場面を畠山重保(杉田雷麟)が目撃していたという流れでした。
A:平賀朝雅は、そのバックボーンがすごいですから野心家だったのかもしれません。「新羅三郎義光のひ孫」という毛並みの良さ。義光流の武田、一条、安田らが、軒並み粛清される中で、父の義信は、頼朝から「源氏一門随一、御家人随一」の待遇を受け、母は頼朝の覚えめでたい比企尼の三女。さらに、時政・りくの娘きく(演・八木莉可子)を妻としている。しかも京都守護に任ぜられたため、後鳥羽院など朝廷とも直接対峙できる大物でもありました。
I:これだけのバックボーンがあれば、「自分が鎌倉殿になってもおかしくない」「なぜ北条の風下に立たねばならぬのだ」と考えても不思議ではありません。後鳥羽院などから直接唆されたら、その気になったとしても責められない。畠山重保と平賀朝雅は、義理の叔父甥の関係。現代的にいうとわりと近い親戚なのですが、重保は鎌倉に戻ってきて、事の顛末を報告します。
A:ところが、平賀朝雅は驚天動地の反撃に出ます。義母のりくに助けを求め、事もあろうに、毒を盛ったのは重保だと理不尽な主張をします。案の定、りくは〈畠山を討ってちょうだい〉と時政に懇願する流れになってしまいます。このくだりは、現存の史料だけでは読み解けない「闇」を「ああ、なるほどほんとうにこういうことだったかもしれないですね」という絶妙な脚本になっていて、相変わらず「すごいな」と感嘆させられます。
I:時政とりくのような権力者からの言いがかりほど厄介なものはありません。政子(演・小池栄子)もりくのもとに行って畠山討伐をやめるように説得しますが、とんちんかんなこんにゃく問答になりました。政子の前では、怒りをおさめていたりくですが、「愛息政範に毒を盛った重保」に対する怨嗟の炎はどんどん大きくなっていきました。亀の前事件の際に頼朝愛妾宅の破壊を命じた政子といい、この時代の高位の女性を怒らせるとたいへんだったのですね。
A:ここ重要なところです。「怒らせるとたいへん」というよりも、この時代の女性には、ある程度、物事を差配する権利があったと理解した方がいいかもしれません。例えば、平治の乱の時、平清盛の義母・池禅尼が頼朝の助命に尽くしたり、比企尼が流人の頼朝に支援物資を送り続けたのもそうです。 とかく政子もりくも「悪女視」する向きもあるかもしれませんが、そうではなく、それぞれの立場で物事を動かす力を持っていたとするとわかりやすい。
I:確かに、戦国時代や江戸時代、そして明治、大正、昭和に至るまでの時代と比較して、女性がしっかり主張し、その意見が通っている感じもします。
A:さて、重忠(演・中川大志)と義時(演・小栗旬)がやり取りする場面もありました。一見、義時は重忠に寄り添うような口ぶりなのですが、〈確かに平賀は疑わしい。しかしあの男は上皇様の近臣でもある。京を敵に回すことになる〉とか〈次郎、この先は一手誤ると戦になる〉などと、本気で決裂回避に動いている感じがしないのが印象的です。
I:見方によっては、こころの奥底では義時も「この機会に畠山にはつぶれてもらおう」と思っているかのような展開でした。
A:義時に凄味を感じるのは、後段、時政に対して、平賀朝雅が怪しいと名指しして〈真偽をただすこともせず、次郎を罰するようなことがあれば、必ず後悔いたしますぞ。父上〉と釘をさした場面です。穿った見方をすれば、畠山重忠、時政双方に微妙に合戦の覚悟を問い、合戦になるよう誘導しているような気がしないでもない。
【行方不明になった実朝と焦る時政。次ページに続きます】