石橋山で頼朝(演・大泉洋)を見逃す梶原景時(演・中村獅童)。

編集者A(以下A):小田原から伊豆半島を下田方面に向かって国道135号線を走らせると途中に「石橋山古戦場」という看板が目に入ってきます。現在の住所でいうと小田原市。古戦場は太平洋を望む景色の良い場所にあります。

ライターI(以下I):伊東祐親(演・浅野和之)・大庭景親(演・國村隼)軍3000に対して、北条時政(演・坂東彌十郎)を中心とする頼朝軍はわずか300ですか。兵力は圧倒的な差があったのですね。

A:土肥実平(演・阿南健治)らと穴蔵に隠れていた頼朝(演・大泉洋)ですが、捜索していた梶原景時(演・中村獅童)に見つかってしまいます。ところが景時は、敵将頼朝の所在を確認したにもかかわらず見逃します。『吾妻鏡』には〈たしかに(頼朝の)御在所を知ると雖も、有情の慮りを存じ、この山 人跡無しと称し、景親の手をひきて傍らの峯に登る〉とあります。この場面も日本の歴史の中では名場面のひとつでしょうね。

I:劇中では〈こちらには隠れるところもござらぬ〉――と立ち去る景時。九死に一生を得た頼朝に土肥実平は〈大庭配下の梶原景時でございます〉と答えます。頼朝に景時の存在が強烈に刻まれた瞬間です。確か大庭景親と梶原景時は同族なんですよね。その関係を断ち切ってまで、頼朝を助けたのはなぜなのか、そして頼朝を救ったことで見返りがあったのか、なかったのか。それが劇中でどう描かれるのか。考えただけでわくわくします。

A:わが国で初めての武家政権樹立までにはさまざまなドラマがあったことがわかります。景時の存在がどう影響していくのか楽しみですね。

I:時政と義時(演・小栗旬)が武田信義(演・八嶋智人)に頼朝の配下に加わるよう談判するため甲斐に赴きました。武田信義は、〈頼朝は源氏の棟梁と名乗っているようだが、真の棟梁はこの信義である〉としたうえで、〈頼朝には力を貸すつもりはないが、北条は助けやっても良い〉と院宣を手土産に持ってこいと要求してきました。

A:信義のいう通り、この段階で頼朝が「源氏の棟梁」とはみなされていなかったのでしょう。しかし、歴史が面白いのは、頼朝はやがて征夷大将軍となって幕府を開きますが、息子たちの代で断絶します。一方の武田家は、甲斐を本拠として15代信虎、16代信玄、17代勝頼まで血脈を保ちます。

I:劇中の1180年から武田家滅亡まではなんと402年です!

A:武田家は甲斐だけではなく若狭や房総などにも勢力を広げました。長期的には勝者は武田家ということになるんですかね。そして、来年2023年の大河ドラマ『どうする家康』で描かれる戦国時代には、『鎌倉殿の13人』に登場する坂東武士やそのほかの武将の末裔たちが多く登場してくるでしょう。上杉謙信はもともと長尾景虎ですが、長尾家のルーツもそうですし、今週の武田信義の末裔が信玄。すでに先祖が源平合戦に身を投じているということがほんとうに面白い!

I:思いを馳せるだけで、わくわくしますね。

源氏の棟梁を名乗る武田信義(演・八嶋智人)。

忠義などへったくれの坂東武士の実像が面白い

I:さて、武田信義の言に対する時政の態度が気になりました。〈北条のため〉〈わしらが生き残るため〉なんだかなあという感じです。

A:〈覚悟がなんでえ、覚悟なんてもんはな、俺はいつだって曲げられる〉という台詞に象徴されますが、この頃は、まだ忠臣とか忠義とかそういう概念が薄い時代ですよ。時政の態度はそのあたりを強調したものとみました。忠義などへったくれの坂東武士の心情をクローズアップした場面でした。

I:北条時政ってお笑いパート担当のようでいつも笑ってしまいますけどね……。

A:かつて北条氏は伊豆の小豪族といわれ、1979年の『草燃える』でもそのように描かれていました。ただ、実は『鎌倉殿の13人』劇中では、北条が小豪族という説明はされていません。ちなみに伊豆の国市の旧韮山町域で北条氏の屋敷跡に比定される遺構が発掘されたのは1992年~1993年にかけてのことです。

I:比較的最近なんですね。

A:発掘調査によって当時の日本では生産されていない、青磁、白磁などが数多く発掘されたそうです。つまり北条氏は財力豊かな豪族だったといいます。これは鎌倉歴史文化交流館の山本みなみさんの『史伝 北条義時』の受け売りですが、同書には北条氏についての「へ~」が満載です。私と同じように「北条氏は伊豆の小豪族」と思っていた人にとって、目から鱗だと思います。もちろん甲斐に赴いた義時、時政のことにも触れられています。

畠山重忠、和田義盛という典型的な坂東武士

I:畠山重忠(演・中川大志)と三浦軍の交戦について、後日譚風に説明されました。石橋山の戦いに間に合わなかった三浦軍が、伊東・大庭軍に従っていた畠山重忠の軍と遭遇してしまいます。

A:〈坂東武士同士で争うのは無益です〉という重忠の発言はもっともです。三浦義村(演・山本耕史)も同意して、戦は回避されたと思いきや、義村の合図を「かかれ!」と誤認した和田義盛(演・横田栄司)のせいで合戦にいたるという設定でした。

I:私の好きな鎌倉武士が和田義盛ですが、ありそうな設定なので、にやにやしながら見ていました。先ほども話題になりましたが、このころは忠義など後世の武士像とは異なり、もっとやんちゃなのが実像でしょうから、より実像に近い描き方だと私は解釈しています。

A:三浦義村が〈俺は頼朝と心中する気はねえ〉と言ったり、皆好き勝手なことを言っていますね。

I:「皆が好き勝手なことをいう」というのは今後のキーポイントですかね。

A:そうかもしれません。皆が好き勝手なことを言っていては、組織はまとまりません。しかも根っこがやんちゃな坂東武士……。組織を守るという観点から、言っても聞かない相手と対峙したとき、北条家の面々はどんな手段をとったのか……。

I:早くもドラマの後半が楽しみでしょうがないですね。

房総半島に逃れる頼朝のシーンが実は凄い!

海路、安房国に逃れる頼朝(演・大泉洋)。

A:頼朝は真鶴から船を出し、今の東京湾をわたって房総半島安房国の国猟島(現・千葉県鋸南町竜島)に逃れます。現在、横須賀市の久里浜港から木更津市の金谷港まで東京湾フェリーが運航されていますが、頼朝の船旅をプチ体感できる唯一の公共交通です。雑誌『サライ』の連載「半島をゆく」の取材で歴史作家の安部龍太郎先生と乗船しましたが、三浦半島と房総半島の距離が短いことに驚かされました。

I:東京湾は穏やかな海ですが、それでも劇中の頼朝は船酔いをしていました。外海に出たら大変なことになっていたでしょうね。

A:それもそうですが、重要なのは、海上を移動する頼朝らをさえぎる勢力がいなかったこと。少なくとも伊東や大庭は東京湾の制海権を握っていなかったのでしょう。東京湾フェリーに乗船するとわかりますが、三浦半島からも房総半島からも東京湾は庭先のような位置。その東京湾を渡ることができた頼朝軍はやはり凄い!これは三浦半島を支配し、房総側にも拠点があった三浦一族の力があってこそでしょう。

I:東京湾でも坂東武士たちが躍動していたんですね。

A:ちなみに房総側の鋸山(のこぎりやま)展望台からの眺めは、頼朝の東京湾渡海を見てから訪ねると、絶景感が倍増すると思いますよ。

I:ここから頼朝の再起が描かれるわけですが、三浦義澄(演・佐藤B作)の差配で上総介広常(演・佐藤浩市)を味方にするべく動きます。〈頼朝の運命はこの男の肩にかかっている〉のナレーション。テンション上がりますね!

A:(笑)。さて、兄宗時(演・片岡愛之助)が亡くなって、この時点で北条家の嫡男になった義時が〈もう戦はやらぬ。どうせまた負ける〉と落ち込む頼朝に対して。〈佐殿がいなくてもわれらは戦を続けます〉と宣言します。

I:嫡男という地位が義時を確変させたんですね。やはり地位は人を変えますね。次週からの義時の変身ぶりに注目ですね。

●編集者A:月刊『サライ』元編集者(現・書籍編集)。歴史作家・安部龍太郎氏の『半島をゆく』を足掛け8年担当。初めて通しで見た大河ドラマ『草燃える』(1979年)で高じた鎌倉武士好きを「こじらせて史学科」に。以降、今日に至る。『史伝 北条義時』を担当。
●ライターI:ライター。月刊『サライ』等で執筆。『サライ』2022年1月号 鎌倉特集も執筆。好きな鎌倉武士は和田義盛。猫が好き。

構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり

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