多くのテレビドラマに出演し、今も一線で活躍している市毛良枝さん。映像作品のイメージが強いが、2022年9月末には久しぶりに舞台作品に主演する。「舞台は本当に久しぶりです」と語る市毛さんにお話を伺った。
唐十郎や寺山修司作品を観劇した学生時代
──今年72歳の市毛さんは、久しぶりの舞台作品に主演します。舞台は観客とともに作り上げる予測不能なライブ感が魅力です。撮影とは異なる体力や気力が求められそうです。
私は、テレビドラマの仕事が多いのですが、舞台が大好きなんです。俳優としてキャリアをスタートしたのも、文学座(劇団)の養成所ですしね。
私の青春時代は、今では伝説となっている唐十郎さん(劇団「状況劇場」〈1963・昭和38年旗揚げ〉主宰)、故・寺山修司さん(前衛演劇グループ「天井桟敷」〈1967・昭和42年旗揚げ〉主宰)などが活躍していた時期。学生時代から小劇場に通い始め、たくさんの舞台を観てきました。前衛的な作品も多く、友達と港の倉庫の奥の方に設置された劇場まで足を運んだこともありました。今考えるとすごいことだと思います。
その後、自分自身が俳優になってからも、大小の劇場に可能な限り通いつめ、綺羅星のような俳優さん、演出家の方々を間近で見ていました。そんな演劇人の皆さまを、ひたすら尊敬していたのです。
ですから、舞台作品に出演するときは、自分に対して「私がこの世界にいてもいいのか」という思いがぬぐえなかったのです。憧れと自信のなさともいえる感情は今も拮抗しています。
──現在、稽古の真っ最中の作品は、9月より公演予定『百日紅(さるすべり)、午後四時』。人気劇団「ラッパ屋」の鈴木聡さんが作・演出を手がけます。ラッパ屋は“普通の人々”のおかしみや悲哀を温かく描いた作品で知られています。そして、市毛さんはホームドラマなどで“普通の女性”を演じ続けています。そんなおふたりの化学反応が楽しみな人も多いと思います。
私が演じるのは人生100年時代を前向きに生きる女性で、作品は心が温かく元気になるホームドラマです。
この作品には、演劇のベテランである劇団ラッパ屋の俳優さんたちも多く登場します。お話をいただいたときに、過去の作品を映像で観たのですが、私と鈴木さんの心象風景は近いと感じました。
鈴木聡さんは、1959年生まれで、私よりも10歳近く年下なのですが、劇中に使われている音楽や空気感が、私世代にフィットするんです。どうしてだろう……と思っていたら、鈴木さんは10代前半から、たくさんの芝居や映画を観ていたそうです。若くして大人の時間軸で生きているんですね。
このお話をいただいたときに、鈴木さんとその他のスタッフの方と下北沢で初顔合わせをしました。歩きながら、鈴木さんが「市毛さん、鈴木利正という人を知っていますか?」とおっしゃるんです。
私は「知っているもなにも、私のデビュー作(テレビドラマ『冬の華』木下惠介・人間の歌シリーズ/TBS)の監督ですよ。あのときは本当にお世話になって、もちろん覚えています」と答えたんです。
すると鈴木さんは「僕の父です」と。
あのときは、本当に驚いて、膝の力が抜け落ち、下北沢の雑踏の中、その場にへたり込んでしまったんです(笑)。「こんなことってあるの!?」って。正直、その頃までは「私はできるのだろうか」という迷いもありましたが、あの瞬間に吹き飛びました。
お稽古が始まると、このチームで作品をつくる幸せを常に感じています。
鈴木さんの演出は的確で、私のフワフワと浮遊している思いをパッと言葉にしてくれる。音楽に例えるなら「この音でいこうと思っていたの」という絶妙な部分を示してくれるんです。毎回、驚きながらも楽しく取り組んでいます。
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